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2011年8月 6日 (土)

仮設住宅のコミュニティ

昨日は予定を間違えて約束をすっぽかすという間抜けなことをして少々落ち込む。慢性的な寝不足は寝だめでは回復できない認知力の低下を招くそうだが、オーバーだがそんなことを考えた。

単に忘れるならともかく、カレンダーへの登録の段階で間違えていたというのは(それも話を聞きながらではなく紙に書かれた予定を見ながらだ)ちょっといただけない。現在登録されている予定の確認が必要かもしれない。

そんな落ち込み事件はさておき、昨日に続いて休み中に(今日は休みではない)参加したセミナーの話。一昨日(昨日も一昨日と書いたが)は、震災復興セミナーに参加し、主に仮設住宅の課題について話を聞いてきた。

阪神大震災では、復興にかかった費用の大半は仮設住宅に投入された(建設だけではない)のだそうだ。復興支援対策というのは、実は仮設住宅対策といっても過言ではないらしい。

その特徴で印象的だったのは、仮設住宅のコミュニティが「人が抜けていく事を前提とした」コミュニティであるという事だ。当たり前といえば当たり前だが、仮設住宅はあくまでも自力で住居を確保する事が難しい人たちが一時的に入るものなので、住居の確保ができた人から「抜けて」いく。それが可能な元気な人から抜けていくということは、コミュニティの核となれるような人からいなくなるという、およそコミュニティ形成においては不利としかいえない条件を最初から抱えているという事だ。

人が抜けていく、という意味では例えば限界集落の問題に似ている面もあるが、限界集落のように「魅力を高めて人を呼び込む」というやり方が仮設住宅のコミュニティには通用しない。そもそも「流出」はあっても「流入」はないものだからだ。

コミュニティにおける快適性の追求は、多くの場合コミュニティへの定着や参加者の増加を目的に行われる。そういった考え方が、仮設住宅のコミュニティには通用しないのだ。

もちろん、流出を前提としているからといっても、「追い出す」ことを前提にしている訳ではなく、住人の快適性は追求される必要がある。そうした快適性への配慮は必要だが、一方でそれで自立の(仮設住宅を出ていくという)意思の芽を摘んではいけない。そして最終的には解散しなければならない。これはコミュニティをデザインする条件としてはそうとう厳しい。

おそらく基本的にはある程度期間を区切るような形で、安心して入居してもらうためのフェーズ、生活を安定させていくためのフェーズ、自立を促していくフェーズといったステップを踏んでいくのだろう。こうと決まったセオリーがあるとは思えないので、ある程度は手探りになってしまうのだろうが、それでも阪神以降に蓄積された経験はあるはずだ。

ふと思ったのだが、費用面をどうするかはさておき、空いた部屋には希望するホームレスの人たち(特に若い人たち)に入ってもらうといった方法はないだろうか。被災者と同じ条件でという訳にはいかないかもしれないが、彼らが自立するまでの住居として活用する事で、コミュニティ自体の延命を図るといった事はできるし、そうした「流入」がある事で、コミュニティ自体の維持活性化につながるのは確かだ。

もちろん、次にはそうした彼らをどうするのか、という問題は残される訳だが・・・。

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