« 忘れないということ | トップページ | iPadならではの用途って何だろうか »

2011年10月13日 (木)

続けられる支援

昨日は一昨日に引き続きGINZA☆30DAYSの復興支援セミナー。気仙沼と三陸沿岸で活動を行っているシャンティ国際ボランティア会の報告会に参加する。被災者でもある現地採用のスタッフによる報告会は、途中震災直後の話に及んだりして生々しい。

「自分は家族が全員無事だったから話せるが、そうでなければ話せないと思う。思い出したくない、(テレビなどで当時の映像を)見たくないという人もまだたくさんいる」

・・・確かにそうかもしれない。昨日の話に戻るのであれば、「忘れないで欲しい」一方で「忘れたい」という側面もあるのだ。昨日は軽々しく「思い出す」という事を書いたが、被災していない人間の思い上がりにすぎない、と少々反省する。

メディアで取り上げれば、いやでも被災者は思い出してしまう。一方でメディアで取り上げられなければ世間は忘れてしまう。両者を成り立たせるのは難しい。見なければ良いといった問題でもないのだ。

もう一つ印象的だったのは、1年を契機に世間の関心は急速に薄れる、という話。阪神淡路でも、1年を経過しての2年目の支援活動が非常に苦しかったそうだ。区切りがつくというか、一段落ついたようになってしまうらしい。半年経っての今の現状は、そうした1年後に想定される状況に比べればまだまだましという事になる。

気分として区切りがついてしまうのは、ある程度やむを得ない。大切なのは、それを支援の区切りにしてしまわない事だ。そういった意味では、今のうちに継続的に、無意識でも続けられる何かを生活に組み込んでしまうという方法もあるだろう。

一番簡単なのは、定期的な寄付の会員になる事で、今のところそういった事ぐらいしか思い浮かばないのだが、他に何かできる事はあるだろうか。

|

« 忘れないということ | トップページ | iPadならではの用途って何だろうか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22760/52978706

この記事へのトラックバック一覧です: 続けられる支援:

« 忘れないということ | トップページ | iPadならではの用途って何だろうか »