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2011年11月 8日 (火)

CSRレポートを作成する主体

このところもう一つのブログの方も更新が活発になっているのは、夜に時間(というか場所)を確保する事が可能になったからだが、ややネタがかぶり気味だったりする。

昨日参加したセミナーの最中に、こんなTweetをした。

CSRレポートは「会社が社会に対してやっている事」をベースにするのではなく、「社会が会社に期待している事」をベースにして編集すると面白いかもしれない・・・などと思ったり。 2011年11月7日 19:46:40 HootSuiteから

多くのCSRレポートは、もちろん「会社として伝えたい事」をベースに編集されている。いかに読者の興味に応えるか、という課題は抱えていても、それはある種読んでもらうための方便とも言えるだろう。情報発信というのはそもそも伝える側の都合で作られるものだ。

これを読者(社会)の側に委ねる事は可能だろうか。意見を聞くのはそう難しい事ではない。実際、アンケート等で寄せられた声に応える努力というのは、どの企業もやっているだろう。

しかし、意見を聞くという事と、委ねるという事は大きく違う。最大の違いは、委ねられた側に責任が発生する事だ。「社会が会社に期待する事」を言うだけなら簡単だが、その結果編集されたものに対してコミットする事ができるか。「責任編集」とする事ができるか、という事でもある。

これはかなり難しいのではないか。ある企業のCSRレポートに、第三者ではなく編集責任者として名を連ねても良い、その編集に参加したい、というステークホルダーはどれだけいるだろう。

企業に要望を伝えたい、意見を言いたい人というのはいくらでもいるだろう。しかし、それらを「聞いて」企業が編集したレポートが、果たして「社会が会社に期待している事」をベースにしたと言い得るだろうか。言ってしまっても文句をいう人はいないだろうが、自分だったら、それは結局「会社が作ったものでしょ?」になる気がする。

「社会が会社に期待する事」をベースに編集するというのは、会社(側の人間)ではなく社会(側の人間)が編集する、編集責任を負うという事だ。それは、社会として企業に問う内容であり、それを読む社会に対しても問う内容になる。費用負担は企業でも良いが、その内容は企業のコミットメントではなく、むしろ社会の(企業に対する)コミットメントとも言えるだろう。


こうした考えは現実にはかなり厳しい。テクニカルな面でも、そこまで深く関わろうとする(それも中立性を保つ上ではボランティアで関わる事になる)ステークホルダーがいるかといえば疑問が残る。もちろん企業内では、何でそんなものを企業のコストで発行するのか、という話になる。

実は去年レポートの編集がスタートする前にこういう企画書は作成している。あくまでも思いつきで、実現可能性を高める努力もしないままお蔵入りになったのだが・・・自分なら機会があればやりたいと思うが、実際そのように考える人というのはどれぐらいいるのだろう。

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