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2011年11月 1日 (火)

CSRレポートの役割

CSRコミュニケーション(という概念がどんなものかはさておき)におけるCSRレポートの役割ってなんだろうか。

このところ久しぶりに(多分3年とか4年ぶりぐらいだ)CSRやCSRレポートについて考える機会が増えているのだが、改めてそんな事を考えてみた。すると、6年前最初にレポートの編集を手掛けていた頃の発想に戻っていく。

それは、CSRレポートの役割は「企業とステークホルダーとのコミュニケーション」のためではなく「ステークホルダー同士のコミュニケーション」を誘発することにある、というものだ。何となく、ここしばらくその発想を忘れていて、いかにして「(企業として)ステークホルダーとコミュニケーションするか」という事ばかり考えてしまっていた気がする。

ステークホルダー同士のコミュニケーションというのは、例えば従業員同士であったり、家族とであったり、取引先や知人と「自社のCSRについて」話し合う、という事だ。「企業と」対話をするのではなく、互いに対話をする。もちろん対話する関係によって内容は事なるが、その題材、きっかけを提供するのがCSRレポートの役割という事だ。

なぜそんな事が必要かというと、企業という組織体には、関わるステークホルダーの意思が反映されるものだからだ。その際に、思惑の違うステークホルダーが「それぞれ」企業に思惑をぶつけても、企業は何もできない。それは例えれば、教育方針の異なる親が、親同士は話し合いをせずに、それぞれが子どもに己の方針を押しつけるようなものだ。

以前は、企業のステークホルダーは限定されていたので、そうした利害調整はあまり考える必要がなかった。力と影響力が増すにつれて、関わるステークホルダー、企業に何かを要求するステークホルダーが増えたために、そうした調整が必要になったという事だろう。

その際に注意しておかなければならないのは、その調整の役割を企業に押しつける形で、ステークホルダーが無責任にそれぞれの利害を主張するだけになっては意味がない、という事だ。「企業とステークホルダーの対話」という発想には、そうなるリスクが含まれている。本来利害が対立する者同士が、直接のぶつかり合いをさけて、企業という緩衝帯を利用して何となく合意してしまうような危うさだ。

もちろん常に対立するわけではなく、共に合意できる事もあれば、うまく妥協できるものもあるだろう。ただ、いずれにしてもそれは企業を挟んでではなく、互いにコミュニケーションを行ってこそ生まれてくるものだ。

CSRレポートの役割は、そうしたコミュニケーションの題材ときっかけを与えるもの・・・そういえばそんな事を考えていたような気がするな~などと、久しぶりに思い出してしまったのだった。

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