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2011年11月24日 (木)

企業が社会の声に応える時

もちろんこんな事は許すべきではないし、こうした企業を擁護する気もないのだが・・・。

企業の震災ボラティア競争の裏にお寒い実態
http://kasakoblog.exblog.jp/16934632/

こうした「競争」をさせている社会の側に全く責任がないとも言えないのではないか、とも思った。もちろん、その「社会」というのは、被災地ではなく、被災地の外の「社会」だ。
この企業に同情の余地は全くないが、この企業の問題と責めれば解決するか、と言われれば、そうでもない気がするのだ。

仕事柄、自社についてもこうしたボランティアをやっていないのか、しないのか、と聞かれる事は少なからずあった。正直に言えば余計なお世話だ、と思うが、もちろん波風立てないように「やりたいとも思うが今の所は特に考えていない」といった回答をしていた気がする。実際には、個人的なポリシーとしては従業員が言い出しでもしない限りはやる気はなかった。(実際にはそれでもやらなかったかもしれない。)

なぜならそれは「企業がやる事」ではないような気がしていたからだ。少なくとも「CSR」や「社会貢献」の名の下にやるべきではない気がするのだ。特定のお世話になった地域に恩返しをする(もちろんその地域に関わりのある従業員や事業所がだ)とか、それを強く望む従業員を応援するといった理由があるならともかく、漠然とした社会の期待のようなものにのっかるのは実は根拠がない。そもそも、受益者でも利害関係者でもない相手の無責任な声を聞いて行動するというのは、ろくでもない結果を招きやすい。

それでも、社会からの声が強くなれば、考えざるを得なくなる場合もある。うっかり社長がそんな声を拾ってその気になった日には目も当てられない。そうして生まれたのが、取り上げられてるようなある種惨憺たる結果なのではないか。

もちろん「やるからには責任をもってやるべき」というのは確かだろう。だが、であれば「やらせた側にも責任がある」という事も成り立つ。こうした行動をする企業が「自発的に」こうした活動を決めたとは考えにくく、それは書かれているような「イメージアップ」も含めた社会からの要請に応えた結果でもある。

震災が起きて、多くの企業が支援活動をしている。
「うちらもやらなければまずいだろう」
「CSR報告書に震災支援活動がなければまずかろう」
みたいな意識から、ボランティアに来たとしか思えない。

ここで「まずいだろう」と思うのは、社会の目を意識した結果だ。企業にそう思わせてしまう「社会の責任」というのは、少なからずある気がする。

一応断っておくと、別に紹介したブログの内容に反論したいわけではなく、むしろその通りだろうと思う。ただ、だから「企業が」おかしい、という議論をしたら、多分いつまで経っても変わらないだろう、と思うだけだ。

企業は、社会を親とした一種の子どもだ。鏡の如く社会を映し出す。我が子が悪さをした時に、親が考えるのは「育て方を間違ったか」という自分の責任だろう。そういう視点で見ると、この企業の振る舞いは、親である社会の期待のかけ方に何か問題があったのではないか、と考えさせられるに足る事例ではないか、という気がするのだ。

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