« 徒然 | トップページ | Paid Work と Unpaid Work »

2011年11月10日 (木)

仕事漬けで不幸になるのは本人ではなく周囲の人

久しぶりにややイラっとした主張など。いやでも最近イラっとくることが増えているような気がするな・・・。

仕事漬け「社長 島耕作」のホンネ 弘兼憲史 漫画家
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A90889DE1E7EBEBE0E1E2E2E0EAE3E2E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2

こんな事を言っている。

「これは島の本音であると同時に僕の本音でもあります。「ワーク・ライフ・バランス」なんて言葉がありますが、島も私も、この言葉とは正反対の人生を歩んできました。人それぞれの考え方がありますが、仕事漬けだから不幸、なんてことはない。僕はそう、思います。」

「ワーク・ライフ・バランス」は、「仕事をしすぎない」のような文脈で語られる事が多いのだが、どうもそこに勘違いがあるような気がしなくもない。「仕事をしていなくたって」、ワーク・ライフ・バランスが崩れている事に違いはないのだ。

仕事漬けで不幸にならない人は確かにいるだろう。ではその周囲はどうか。

「よく、外国の政治家が休暇を取って家族と楽しんでいる姿が報道されることがありますが、これってもしかすると「そうすべき」という義務感でやっているのかもしれない。「家族は大切にしなければいけない」「仕事の切り替えのために休まなければならない」というのは一種の呪縛かもしれない、と思うことがあります。」

本人も良くわかっているんじゃないかと思うのだが、これは外国の政治家の方が正しい。ワーク・ライフ・バランスはそもそも、「(好きな)仕事以外の責任」もきちんと果たすべき、という概念で、そこには家族の一員としての責任、社会の一員としての責任など、様々なものが含まれている。

ワーク・ライフ・バランスは「仕事をしたくない人」が、仕事以外に時間を使えるようにするための概念ではなく、「仕事が好きな人」に、その「好きな事」に打ち込むために他の事もきちんとせい、という考え方なのだ。だから会社も、その人のリソースを過剰に奪う事で「仕事だけすればよい」ような口実を与えないようにしなければならないのだ。

記事の最後の一節を読んでいると泣けてくるのだが、この人は要するに自分が好きな事に打ち込むために家族を犠牲にしていて、でも自分がいいからそれで良いと言っているのだ。「仕事」を「趣味」に置き換えれば、それがいかに異常な事かは誰にでも分かるような気がするのだが、「仕事」の場合はそこを思考停止してしまう人が多いのは何故なのだろう。そもそもこの人は、仕事を趣味のように楽しんでいる訳だから、実は仕事なんかしていない、という考え方さえできる。

余談だが、いわゆる「公私」の別において、経済活動は「私」にあたるのだそうだ。仕事をしてお金を稼ぐのは実は自分のための「私的な活動」にすぎない。「公私混同」をしないというのは、政治活動と経済活動を混同しない(それは私的な利益のために社会を食い物にする汚職の温床だからだ)という概念であって、仕事とプライベートの区別をするという概念ではない。

日本ではさもあらゆる仕事が「公的な活動」のように置き換えられているが、そう言い切れるのは本来「公務員」の仕事だけということになる。もっとも、そういった人たちは、無意識に自分も「公務員」だと考えているという事かもしれない。

|

« 徒然 | トップページ | Paid Work と Unpaid Work »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22760/53207559

この記事へのトラックバック一覧です: 仕事漬けで不幸になるのは本人ではなく周囲の人:

« 徒然 | トップページ | Paid Work と Unpaid Work »