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2011年12月16日 (金)

「支援をする」から「隣人になる」へ

昨日は東日本大震災における県外避難者の支援を考えるワークショップに参加してきた。

東日本大震災の避難者は33万人にのぼるそうだが、そのうち7万人が県外へ避難しているのだという。特に福島からの避難者がそのうちの5万8000人を占めているという話だ。自主避難は含まれていないため、実際にはさらに多いのではないかという。

そうした県外避難者の受け入れ先として、現在「避難所」として残っているのは埼玉県加須市の旧騎西高校のみ。残りは応急仮設住宅や民間借上住宅に入居しており、そうした人たちへの支援が大きな課題になっている。どうしても被災地への支援が注目されがちで、なかなか手が届かないという課題だ。

東日本大震災における支援団体は約700。そのうち県外避難者を対象にしているのは24団体しかないそうだ。加えて、応急仮設や民間借上という形で分散してしまっているために、そもそもまとまった形での支援が行いにくいという問題があるという。

まとまった形での支援が難しいのであれば、個別分散で対応するしかない。
話を聞きながら思ったのは、途上国へのチャイルドスポンサーのように、点と点を結ぶような仕組みは構築できないだろうか、という事だ。

例えば唯一の避難所である旧騎西高校に避難しているのは現在約800人。そのすべてに一律で何かをしようと思ったら、それなりの規模が必要になる。そうではなく、その中の一家族や個人に対して何かをできるようにする。公平性の問題があるのでコーディネートは慎重に行う必要があるが、そういった所にこそノウハウを持った団体もあるのではないだろうか。

応急仮設や民間借上の場合は、そもそもが分散してしまっているので、むしろこうした形でないと何もできない可能性もある。病時保育を行うNPOのフローレンスには「ひとり親支援」というプログラムがあるが、そうやって「個別の」避難者に支援を結びつけていくきめ細かさがこれからは求められているような気がしなくもない。

もう一つ思ったのは、「支援する」「支援される」という関係ではなく「隣人になる」という関係作りを進めていく必要があるのではないか、という事だ。

もちろん、「戻る権利」は担保されるべきだが、1年2年避難先で暮らすのであれば、それは一種の転勤と変わらない。どこまでもその入居先の地域とは距離を置くのか、一員として溶け込んでいくのかの選択肢は残す必要はあるが、少なくとも受け入れ側の地域としてはそうした準備を進めていく必要があるのではないか。

住民票を二重に持つのは難しいかもしれないが、ふるさと納税のような仕組みもあるので、入居先の住民としてのサービスも受けつつ、本来の地元との関係も断ち切らないような仕組みづくりが必要かもしれない。いずれにせよ、自分たちの地元にいる避難者に対して、いつまでも「ボランティア」として接するのではなく、「隣人」として接していけるようにする事が、今後彼らの自立を支援していく意味でも必要な事の気がする。

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