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2011年12月 5日 (月)

第九&ブラ4練習終了

この週末で府中の第九とオレイユのブラ4の練習は終了。第九は今週末のゲネプロと本番、オレイユは来週末の本番を残すのみになった。ほとんど個人練習をする時間がなく、正直弾ききれるか不安もあるのだが、それでも今回(今シーズン?)の練習は色々と勉強になった気がする。

昨日の合奏で感じたのは、そもそも合奏は自分が「弾く練習」をするためにあるのではなく、周りを「聴く練習」をするためにあるということだ。自分が弾く練習は個人でもできるが、聴く練習は一人ではできないからだ。

そういう意味では、他のパートが指導を受けている時間こそ貴重な時間とも言える。その待ち時間を「時間がもったいない」という意見もあるし、もちろん弾きながら聴くにこしたことはないだろうが、弾いてないからこそ考えられることもある。他のパートの動きを理解し、自分に応用するにはどうしたら良いか、頭の中でイメージできる事はいくらでもある。音を出していない時間の使い方こそが、音楽の質を決めるのだ。

それにそもそも自分の場合、四六時中「オケ」の事は考えていても、そうした「音楽」の事を考えられる時間は限られているため、練習中の「休み」は結構貴重だ。「時間がもったいない」という人は、そうしたイメージはすでに事前に予習してきていて、今更不要ということなのかもしれないが、今の自分にそこまでの余裕はないので、ああした時間は実は助かっている。

もちろん、合奏が「聴く練習」として成立するためには、「弾く練習」は済ませてから臨むということが必要になる。実際に以前そうした心構えをトレーナーから諭されたことがあった(と思う)が、第九などは過去の経験のお陰でそうした時間がかなり短縮されているという事はあるだろう。そういった意味でも、ここから音楽を高めていくには、「聴いて考える」時間こそが重要だし、その時間をいかに使うかということが求められるという事だろう。そして音楽がナマモノである限り、その側面の追求には終わりがない。

・・・などという事を考えられるようになったのも、今回の練習の「組み合わせ」のお陰だ。これまでも府中とオレイユの練習が並行していた事はあったが、こうした事を感じたことはあまりない。どちらも新曲だと「弾く練習」が中心になってしまうからだ。今回の場合、オレイユは「弾く練習」に近いが、そこで得られたことが府中での「聴く練習」につながっているように感じる。論理立てて説明する事はできないが、そのように感じるのだ。(さらに言えば、オレイユについては練習+飲み会でのフィードバックが大きく影響しているような気がする。)

こうした練習が他でもできるようになりたいものだ。

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