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2012年1月20日 (金)

CSRレポートを比較できないという課題

昨日の続きをその後思いついたはずなのだが、メモを取り忘れたため思い出せない。ほぼ日手帳はそのためにあるはずなのだが、昨日は思いついた時に取れなかったのだろう。

という訳で別のメモ。一昨日はナレッジマネジメント学会とは別に、CSRレポートに関するワークショップにも行っていたのだが、そこでのメモにこんなのが残っている。

「比較できない」という課題意識と、「比較したい(けどできない)」という課題意識は大きく違う。 比較したい項目が明確にあってはじめて比較可能な情報提供が可能になる。

上記は生メモなので、読み返しながら多少翻訳するとこんな感じになるだろうか。

「比較できない」という不満と、「比較させろ」という要求との間には大きな隔たりがある。 求められる比較項目が明確に定義されてはじめて、その情報は比較可能なものに変貌する。

CSRレポートに対する読者リサーチなどで、不満や問題点の指摘として比較的上位に上がってくるものに「他社との比較ができない」というものがある。実際のところ比較できるような形で提供されている情報は少ないし、設問の選択肢にそういったものがあれば、課題として選ばれるのは自明の理ではあるのだが、編集側にいると、この不満ほど困るものはなかったりする。

何をどのように比較したいかが、ちっとも明確ではないからだ。
もう少し正確にいうと、何をどのように比較したいかが、てんでバラバラだからとなるかもしれない。

例えば就職活動において「履歴書の記述内容がばらばらで比較できない(から比較できるように統一しなさい)」と言われたら、応募する側は「えー?」となるのではないだろうか。応募する側でどうやって内容を比較可能なように統一するんだよ、と。

もちろん採用側はそんな事は承知していて、だから履歴書というのはある程度書式が決まっているのだ。エントリーシートのような形でより詳細に情報を比較可能な形で提供させる場合もある。比較可能な情報というのは、「この内容をこのように比較したい」という受け手側の要請があってなされるもので、提供側でどうこうできる事では、実はない。

対極にあるのが、例えば卒論だろうか。ある程度の型は決まっているにせよ、その内容は基本的には自由だ。評価は受け手側の裁量にあるが、論文を「比較可能な形で書け」という指導者はいないだろう。比較可能にして評価したかったら、論文ではなくテストにすれば良い。

で、突き詰めて考えた場合に、CSRレポートに求められているのは一体どちらの性格なんですか?という事になる。

もっともこれは、別に読者の要望や調査の内容に対する不満というわけではなく、その程度の位置付けでしかないなぁ、という話ではある。レポートの内容の比較可能化については、GRIや環境省のガイドラインなどがあり、多くの企業はそれらを参考にしているので、比較ができないのは結局そうしたガイドラインの曖昧さや分かりにくさを指摘しているだけの事にすぎない。

ワークショップではXBALという、財務情報を提供する際の書式?に、CSRのような非財務情報を統合する動きがあるといった話もあった。かなり難航しているようではあるのだが、そうやって「何を」「どのように」比較するかという意思が明確になってはじめて、提供される情報が「比較可能ではない」という批判は意味を持つようになるのではないか・・・そんな気がする。

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