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2012年1月17日 (火)

口コミの信頼性

どうも最近iPadにいきなりキーボード(有線)をつなぐとフリーズする。起動してからつなげば普通に使えるのだが、いきなり挿すとビックリして固まるなんてことがあるのだろうか。
おそらくiOS5になってからだろうと思うのだが、元々iPhone3Gを想定して有線にしたものなので、この際Bluetoothのキーボードに切り替えても良いのかもしれない。

それはさておき、Yahoo!知恵袋にまで飛び火した感のある「サクラ」投稿なのだが、個人的には何が問題なのかが良く分からない一方で、これだけ騒ぎになるということは、やはり影響力があるのだろう、という事を感じる。

「サクラ」が、ではない。「第三者(的意見)」や「口コミ」というものが、だ。

信頼性が問題になり、騒がれるということは、それだけ「信頼できる」と思われていたということだろう。一部(かどうかは知らないが)で指摘されているように、「以前からあったこと」「判断するのは結局自分」といったような、ある種の冷静な意見とは関係なく、「なんとなく信頼してしまう」というこうしたものが与える気分の影響がいかに大きいか、ということを改めて感じてしまう。

であれば、当然そこに何かをしようとは考えるよなぁ・・・それは今回のような話だけでなく、例えば「善意の拡散」のようなものであってもだ。ある「良い話」が口コミで伝播する時、最初に発した者に「口コミで伝わっていけばいいなぁ」という気分がないとは言いきれない。それは、影響力を利用するという点で、本質的には今回の「サクラ」と変わりがない。その良い話が「事実」であることを担保できるのが、実際には「口コミだから」という気分にしかない、という点においてもだ。

人が「自分では事実を確認できない」ある情報を「信じる」には大きく二つのパターンがある。そこで語られている理屈が自分にとってストンと納得できる時と、発信者の人となりをよく知っていて、その人物の言うことなら信じられるという時だ。口コミというのは後者で、お隣さん同士のような直接的な「知り合い」関係の中で、この相手の言うことは信じられるという担保に基づいて発生するものだろう。(実際にはそれに加えて「内容に納得できる」がなければ、さらに知り合いに話すといった行為は発生しないが。)

そして「人となりを知る」というのは、「嘘を言う可能性も含めて」発言の内容を自分で判断できる関係性が構築できている、という事だ。それは言い換えれば「何を聞こうが最終的には自分の判断」という関係性でもあるのだが、そういうある種の緊張感がある事によって「口コミ」には信頼性が生まれているのではないだろうか。

無関係な第三者、特にネットのような場においては、そうした関係性がない。ない、は言いすぎかもしれないが、構築しにくいのは確かだろう。そういった意味で、リアルな「口コミ」らしさを持ち込みつつも、それとは別の信頼のためのロジック(それは利用する「自分にとって」であって提供者による「利用者にとって」ではない)が必要な気がする。

それと・・・

そもそも信頼というのは、自分が間違えた時の責任を相手に押し付けるためにあるものではない。「信頼を裏切られた」といった話を聞く度に、では「信頼していた」っていうのは、あなたにとってどういう状態?などと思ってしまうのは・・・まぁ一般的な感覚ではなく、ある種特殊な「自分の」感覚なのだろうな・・・。

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