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2012年2月22日 (水)

コミュニケーションツールとしてのCSRレポート

昨日は某所でCSRレポートとCSRコミュニケーションについて勉強会。
自社の取り組みについても話したのだが、こうした機会があると自分自身がめざしている方向というのも明確になってくるのが面白い。

このブログでは(一応)所属を伏せているので、その辺りの情報を避けながら昨日話した内容をメモとして列挙しておく。

(CSRレポートの)対象者は誰か
・従業員・・・会社で読むのではなく、自宅への持ち帰りを呼びかけ
・家族・・・親元にも送付

なぜ従業員なのか
・「会社と」ではなく、「従業員と」ステークホルダーのコミュニケーションを発生させる事をめざしているため(家族、友人・知人、取引先、同僚etc)

何を期待していたか
・従業員がコミュニケーションの主体となる事
・レポートはそのきっかけであり、触媒

たった一人と向き合う
・トップ対談は「会社の伝えたい事をトップが話す場」ではなく、「一人のステークホルダーの関心事にトップが応える場」

CSRレポートの役割
・レポートはそれ自体がコミュニケーションをする訳ではない
・企業はステークホルダーの中心に位置付けられるが、コミュニケーションの中心である必要はない

コミュニケーション?
・「伝える」ことではなく「ぶつけあう事」「知り、認め、受け入れる事」
・そのツール(提供される話題)の一つとしてCSRレポートがある

分からないって何?
・企業の評価が目的なら「分からない」はあっても良い
・企業との対話が目的なら「分からない」では進まない
・CSRレポートを読む目的は、企業が考えるものではなく、読み手が考える事

読者として
・ステークホルダーとして企業に向き合うとはどういう事か
・自らがコミュニケーションの中心になるには何をしたら良いか


自分で読み返してもこれだけではよく分からないのだが、個人的な意図としては、CSRレポートは企業が作るものではなく、(物理的には企業が作るにしても)読者が育てていくスタンスが必要で、そのために必要な事を考え、行動していきませんか、と呼びかけたつもりだった。


後半のワールドカフェで、今後どういったレポートをめざしていきたいかと聞かれた。実際今はそこまでレポートに関わってはいないのだが、こう答えた。

「読者の顔を見えるようにしていく事」

レポートが読み手のために書かれるためには、書き手に読み手の顔、意図が伝わっている事が重要だ。それは「こうだろう」といった推測や伝聞ではなく、直接的なものであればあるほど効果的になる。

今のCSRレポートには、読者の顔が見えていない。それを書き手の努力不足とするのは簡単だが、自らを読み手と考えるのであれば、求められるのは読みたい内容、読みたい自分の姿を伝える事であって、書き手の努力不足を指摘する事ではない。(もちろん、自分は読み手ではない、と位置付ける事も可能だ。その場合、読み手が不在のレポートは消えていく事になる。)

アニュアルレポートの膨大な数字情報は、それに興味のない人たちのためにではなく、それを必要とし、企業に求めた人たちの意図によって提供されている。CSRレポートに記載される内容というのも、その内容に興味を持ち、求めた人たちの意図によって決まるものだろう。

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