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2012年2月 9日 (木)

CSRを「企業と社会の関係」で捉える

CSRレポートやCSRコミュニケーションの目的が、企業のイメージアップや広報活動、マーケティングと同じ文脈で語られるものであれば、別にCSRという言葉を持ち出す必要はない。むしろそれは、広報やマーケティングなどがCSRを手法として取り込んだという事だろう。

では、CSRは何をめざし、CSRレポートやCSRコミュニケーションは役割として何を担うべきなのか。

・・・とまぁそんな趣旨のメモが残っていた。答えがあるわけではなく、なんとなくそのように感じたというだけだ。もともと自分の場合、「CSR」はやや流行語的な位置付けにあって、そのキーワードで盛り上がる事に冷めた見方をしている嫌いもある。数多ある手法の一つとしてのCSRなら、別にそれはそれで構わないと思うのだが、より高次のというか、「概念」「思想」といった位置づけだと、どうもしっくりとこない気がするのだ。

気がするだけだし、単に勉強不足、思索不足という事かもしれないが。

以前書いたような気もするが、個人的な考えとしては、CSRつまり「企業の社会的責任」というのは、「企業の社会に対する責任」ではなく「企業に対する社会の責任」という捉え方をするべきではないかと考えている。これは、自分自身を企業とは同一化せずに、企業に対置される社会側のポジションとして位置付けていて、では自分(=社会の一員)として企業に対してできる事(=責任)は何か、と考えるからだ。

ようは企業という組織を、社会においてどう位置付け、どういった役割や機能を求めるかを考えるのは、社会側の責任ではないか、という事なのだ。企業に対して自覚を持て、という発想はあるが、それは企業が意思を持っている場合の話だろう。個人的な考えとしては、企業はステークホルダーの意思を反映するもので、独自の意思は持たないというスタンスなので、こうした発想はしない。そもそも責任感というのは、自分に向けて求めるもので、他人に対して求めるものではない。

これまで企業と社会の関係というのは、サービスの提供者と要望者という関係だった。社会は企業に様々な事を「要望する」。その関係を崩さないままであれば、「責任を求める」のはまったく同じ文脈の中での「要望の一つ」にすぎない。もちろん、そういうものはそういうものとして必要だろうが、もしCSRが概念として企業と社会の関係を考え直すものであるなら、別の捉え方があってしかるべきではないか・・・そんな気がする。

ちなみにここでいう「企業」は「組織」と置き換えた方がしっくりくるかもしれない。

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