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2012年2月23日 (木)

ネガティブ情報の開示

「ネガティブ情報の開示」はCSRレポートを作成する上での大きな課題の一つだが、昨日Facebook上でとあるやり取りをしていて、反省すると同時に、自分なりの考えがまとまった気がする。

「ネガティブ情報を開示せよ」というのは「あなたの伝えたくない情報をあなたの責任で発信すべき」という事なので、求める側としては無責任かつ安易に要求しやすい。「私の知りたい情報を私のために開示して欲しい」という姿勢で求められれれば、開示を拒む企業は少ない気がする。
2012年2月22日 23:35:02 HootSuiteから

そして考えてみると「ネガティブ情報」が「自ら伝えたくない情報」であると定義すると、それは自ら開示されないからこそ「ネガティブ情報」なのであり、自ら開示したらその時点で「ネガティブ情報」とは呼べない事になる。だからこそ「求める人」がその責任において開示を求める必要があるのだろう。
2012年2月22日 23:47:44 HootSuiteから

結局「ネガティブ情報」の開示を阻む最大の障壁は、開示「すべき」という姿勢なのだ。そしてそういった人たちが「べき」論から離れないのは、開示「して欲しい」と求めて自ら責任を負いたくないか、「ネガティブ情報を開示せよ」という要望そのものが重要だと考えているからではなかろうか。
2012年2月22日 23:54:11 HootSuiteから


反省、というのは、自分も社内に対しては「べき」論で対峙していた事に気づいたから。何の事はない、開示して欲しいという意思を示す事ができず、他人事で情報開示を求めていたのは自分自身で、だからこそ進まなかったという事になる。

べき論は実に安易に展開できる。それが正しいという前提や根拠を示す事も、自分の意思を示す事もなく、さもそれが当然で、理解できないのはあなたの問題と、一方的に通告できるのが「何々すべき」という指摘だ。

「開示すべき」・・・ああなんて(自分にとっては)甘美な響きだろうか。

しかし、言われる側にとってはたまったものではない。「判断するのはあなたの責任」「理解できないのもあなたの問題」だからだ。言われて反論する立場になってみると、なんともムカつく話である。(そもそも反論自体封じられている。何しろ「それはお前の問題」と宣言されてしまっているのだから。)

なるほど、そういうコミュニケーションをしてきてしまったのだな、と反省する。「べき」といのは、最低限自分に向けて使う言葉で、他人には(少なくともコミュニケーションしたい相手には)使ってはいけない言葉なのだろう。


思うに、CSRレポートにおける情報開示には、2つの軸がある。

(企業として)伝えたい情報
(読者として)知りたい情報

バランスからいえば、前者に偏りがちなのが現状だが、これは企業内に意思が存在するからだろう。知りたい情報という意思は企業の外にあり、企業内から想像はできても、その想像が企業側の事情に寄ってしまうのは、これまた想像に難くない。

ジャーナリズムやNGOによる情報開示圧力は、いわば後者としての意思だ。こうした意思が示されれば、開示側はではどうやってその情報を開示するか、という検討を迫られる。そこにメリットやリスクを感じれば開示するし、あるいは開示しない意思を示すだろう。そうして判断が下された情報は、開示されればそれはもうネガティブな情報ではないし、開示されなければ「企業秘密」となるだけである。

今後CSRレポートの開示情報において求められるのは、そういった個別の掘り下げであって、「ネガティブ情報」などという曖昧模糊な議論は、机上の概念論にすぎないというスタンスが重要な気がする。

さて、読者として「知りたい」と求める情報は自分にとってなんだろうか。それは自分にとってどんなメリットをもたらすと、企業に対して説明できるだろうか。

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