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2012年3月13日 (火)

内足主導のターントレーニング

昨日はいつもとは少し違うエントリーをしたのだが、ちょっと戻って土曜日のスキーの話など。2週間前に新たな技術をレクチャーしてもらった後、初めての「自習」だ。

内足主導でターンをしていくというのは、体感的にはとてつもなく不安定な感じがして落ち着かない。それまで外足にガッと乗っていたのを内足にする事で、どっちつかずというか、どちらにも踏み込めていないような感覚になる。足の裏が雪を掴んでいる実感がなく、自分がどっちの方向に進んでいくかもままならない感じだ。

加えてターンの要となる内足の外エッジが時々雪面を引っ掛けて、躓くような感じになる。従来の外足の内エッジ(ややこしい)ほど自由度が効かず、リカバリーも遅れてしまう。そもそも、外足の内エッジであればコントロールできていた事が、内足の外エッジではままならない。

エッジが引っ掛かるのは、スキーのサイドカーブ以上に曲げようとするからだ。外足の内エッジでコントロールしていた頃は、そこで少し荷重を外に逃がし、角付けを弱くしてエッジをずらす事で、事故を防いでいたが、内足の外エッジではそこまでの芸当ができない。できるようになるのかもしれないが、今はまだそこまで慣れていない。

一方で、内足主導は、はまった時のターンのスムーズさが従来の比ではない。文字通り何の抵抗もなく曲がっていく気がする。何の事はない、それは「スキーの性能通りにターンをしている」という事で、必ずしも自分がコントロールした結果ではないのだが、従来のターンでは「自分でコントロールできるがゆえに」板の性能を殺していたのではないか、という気にさせられる。

ターンの時の不安感はそのままに、板だけはスムーズにターンをしていく・・・というのは、感覚的な爽快感はイマイチな感じなのだが、実はスノーボードなどはそういったものかもしれない。

過去の乏しい経験では、スノーボードはそもそもが「不安定な」状態を楽しむものだと感じている。だからこそスポーツと言えるのかもしれない。スキーの持つ安定性は、自分にとってスポーツではなく「日常の移動手段」の延長的要素を感じさせるのだ。

そういう意味では、内足でのターンは、自分にとってスキーのスポーツ性を高める要素という事になるのかもしれない。

さて、とはいうものの、雪質が悪くなってくるこれからの時期に、この技術を磨く(というか「確認する」)のはかなり難しい。まだ自分の中で形が固まっていないのに、技術だけでなくバーンコンディションにも気を使わなければいけないからだ。土曜日はかなり湿っぽい雪が降り、バーンもおそらく少し前には雨もあったのではないか、という雪質だった。

もちろん最終的にはそういったコンディションに関係なく滑れる必要があるわけだが、滑り方をチェックしようという時にこれはきつい。せめて自分の中で「これだ」という納得が得られるまでは、練習のためにフラットで乾いたバーンがあると良いのだが・・・今シーズンに行ける残りの回数も含めてかなり難しいのは確かだろう。

3月最終週の土曜日は予定が入ってしまったし、4月以降は基本的にオフシーズンになる(自分にとっては)ため、休みを取らない限り残るは今週末土曜日の17日と春分の日の20日のみだ。17日は翌日の団内演奏会に備えて練習をしておきたいという気持ちもある。

さて、どうしますかね。

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