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2012年4月25日 (水)

地域力と防災

会場にいたのでこの発言は自分も聞いたのだが、この受け止め方は少々ナイーブなのではないかという気もする。

地域力弱い東京では生き残れない――陸前高田の被災者が都内で警鐘
http://www.alterna.co.jp/8859

「東京で大地震が発生したら、私は生き延びる自信がない。恐らく『人』が最大の敵となる。地方に逃げる方がいい」

では、自分がたまたま旅行などでその時陸前高田にいた場合、その地域力に助けてもらう事はできただろうか。

できた、とすれば、それは「人は見知らぬ同士でも助け合える」という事であり、同様の事は東京でも起こりうるだろう。
できない、とすると、ここでいう地域力というのは単に見知った間柄だけで通用する排他性に支えられた結束にすぎないということになり、東京では別のメカニズムが働くかもしれない。

もっとも、記者はこの発言を地域力に結びつけているが、個人的には別の捉え方をしている。
それは、この発言と結びつけた捉え方だ。

「津波は人の心まで流し去ってしまった」

記事の文脈では、他地域から紛れ込んだ「火事場泥棒」に結び付けられているが、会場で聞いていた印象や、上記の発言と結びつければ、実は被災した当事者にそうした人たちが発生していたのではないか、と推測できる。残酷なようだが、火事場泥棒というのは、火事場に居合わせた人にしかできない事なのだ。

蒲生氏が指摘していたのは、そうした「人の心が流される」現象が発生した場合、人の数が膨大な東京ではその「人の数」自体が脅威になる、という事ではないか。それは地域力とは何の関係もない。

そうした人の数自体がいかに脅威になるかというのは、帰宅困難者が大量発生した時の大混乱を見れば明らかだろう。東京のような都市にそうしたリスクがあるのは確かだ。


確かに都市には地方のような地域コミュニティはないかもしれない。
(実はこの見方にもやや疑問がある。東京にも江戸時代から続く地域コミュニティはあるからだ。そうした「地域に根ざしたコミュニティ」と「そうしたコミュニティに属さない人たち」がハイブリッドに存在しているのが「都市」であって、それは「地域コミュニティがない」とはまったく異なる。)

だが、その時に必要になるのは、「だから地方のような地域コミュニティを作ろう」ではなく、そうした都市に合わせたコミュニティのあり方や防災の考え方の構築だろう。

警鐘を鳴らすのは結構だが、ノスタルジックな感傷に近い結論で終わってもなぁ・・・という気がしたのだった。

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コメント

大きく分けて、ベッドタウンが多い西東京と東東京では地域コミュニティーに違いがあると思いますが、どう思いますか?

投稿: shozi | 2012年5月20日 (日) 00時28分

西東京、東東京に関わらず、地域ごとにコミュニティは異なっているのかなと思います。むしろコミュニティは大きく分けられないものなのではないでしょうか。私の住む地域は古くからの住民とベッドタウン的な住民が混在していて、それぞれにコミュニティが形成されているような気がしますし、非常時には非常時で、別の形でコミュニティが形成されるかもしれません。
コミュニティには「違い」はあっても「優劣」はないのではないかというのが、私の考えです。

投稿: ProjectK | 2012年5月22日 (火) 21時40分

ご回答ありがとうございました。
実は今度東京の行政の試験を受けるため、論文試験の対策のために東京の過去・現在・未来においての地域コミュニティーのありかたや課題などを調べていたのですが、地方出身の私はいまいちイメージがつかめないため質問をさせていただきました。東京は地域コミュニティーが弱いなどとあり、たしかにそのようなイメージもわかない事もないのですが、全く知らない土地のため、論文で一概にそう言っていいのかと思っていたところでした。しかし、回答していただいた通り、コミュニティーは多岐にわたる違いがあり、それぞれの地域独自の対策などがあることに論点をおいて試験に臨みたいと思います。本当にありがとうございました。

投稿: shozi | 2012年5月23日 (水) 23時53分

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