« グローバル化を「受け入れる」 | トップページ | どういう視点で聴くか »

2012年4月13日 (金)

紙は捨てるために使う

今日は近隣事業所に直行することに急遽なったため、昨日の夜に続き自宅駅近くのタリーズを利用中。渋谷まで通勤するのと違ってやたらと時間に余裕がある。

昨日はオフィスにおける紙を減らすというプロジェクトの会合があり、ファイリングのコンサルタントを呼んでレクチャーを受けた。ノウハウの類なので内容についての詳細の記述は避けるが、なるほどファイリングというのは「仕事の進め方」の問題であって、整理整頓とは違うのだなというのが、個人的な感想になるだろうか。

で、その後はそうしたレクチャーの内容も受けて、オフィスの紙を減らしていく上でどういったアプローチを職場に対してしていくか、ということなどを考えていた(タリーズで)。とりあえず思いつく範囲でメモを書きなぐったりしたのだが(アイデア出しでは紙を使うことが多い)、それがこんな感じ。

・オフィスにおける「紙」は、リサイクルにより循環可能な資源でもある
・紙による情報の「保管」「保存」は、そうした循環を止めてしまう事につながる
・紙は「捨てる」のではなく「リサイクルする」
・必要なのは情報であり、紙ではない
・紙は使っても良いが、ためないようにする
・「使う」の定義を明確にし、「保管」「保存」には紙を使わないようにする
・紙の使用場面を「仕掛り」「回覧」のみとして、「保管」「保存」は電子的に行うサイクルを作り上げる
・それを通じて、ワークスタイルの変革を図る

ポイントは、紙の役割を「フロー」に限定し、「ストック」として使わないことだ。言い換えれば「使ったら捨てる(ただし環境部門なので「リサイクルする」になる)」を徹底するということになるだろうか。

こうした取り組みを行う場合、紙を減らすためには「とにかく出力を減らす」になりがちだ。もちろんそれはそれで重要なのだが、では最低限出力するのはどんな資料かという時に「ストック」として捉えてしまいがちになる。せっかく出力したのだからすぐに捨てるのはもったいない、すぐに捨てるような資料を印刷しないようにしよう、といった発想に陥りがちなのだ。

個人的な感覚からいえば、それでは紙は減らない。正確にいえば「保管される紙は減らない」。
オフィスにおける紙の削減には二つの考え方があって、「印刷コストを減らすために出力を減らす」「スペース効率をあげるために保管資料を減らす」のどちらかだと思うのだが、この両者は本来分けて考える必要がある。前者を進めれば後者は自ずと進むように思われるが、これが実は簡単ではない。

減らされる出力が「フロー」の資料中心で、結果逆に「ストック」(という名目の)出力が増えてしまう悪循環を生み出す場合があるからだ。

出力を減らす、というアプローチは間違っていない。大切なのはその際に「ストック用の」出力を減らすというより限定された条件を付加する事だ。短期間で処分される紙だけならば、多少増えたところでスペースを圧迫する事はない。一方長期間保存されてしまうと、一つ一つは微量でも着実にスペースを蝕んでいく。

このアプローチの難しさは、マインドの転換を図る必要がある点だろう。多くの場合、この話を最初にすると「すぐに捨ててしまうものを印刷するのはもったいない」「印刷した以上、しばらくは持っていたい」といった反論が浮かぶのだが、その考えそのものを転換する必要がある。

以前、裏紙の使用について「提出・保管される資料は(社内であれば)裏紙を使い、試し印刷や一時チェックなどは新しい紙を使った方が良い」という投げかけをして、さっぱり理解されなかった事がある。(大抵の呼びかけは「一時資料や試し刷りは裏紙で」だろう。)
裏紙まで徹底して使うというのは、寿命の長い資料ほど裏紙を使うという事だと思うのだが、そうした発想の転換は自然にできるものではないのだろう。

紙という媒体の利点は、以前は保存性だったのかもしれないが、今は違う。可搬性と閲覧性こそが紙の利点であり、それはすなわち一時利用にこそ向いているという事だ。電子媒体の登場がそうしたパラダイムシフトを招いたと思うのだが、なかなか人の意識というのは変われないものなのかもしれない。

|

« グローバル化を「受け入れる」 | トップページ | どういう視点で聴くか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22760/54459279

この記事へのトラックバック一覧です: 紙は捨てるために使う:

« グローバル化を「受け入れる」 | トップページ | どういう視点で聴くか »