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2012年5月31日 (木)

家族関係を法律で規定するということ

某芸人の親が生活保護費を不正に受給していた!という一連の騒ぎで、よく分からない所がある。(とはいえ、たいして興味もないので特につっこんで調べてもいないのだが。)

本人に生活できる稼ぎがあるのに、ないふりをして生活保護費を受給していたら、それは確かに不正だろう。うん、それは確かに問題だ。全体からみればその割合は極めて低いらしいが、異物をちょっとでも嫌い、ゼロしか認めない日本人の反応としては分からなくもない。

それを不正受給だ、というのは分かる。しかし、不正受給していたのは「親」であって、「子」である芸人ではない・・・よな?

子として援助できる稼ぎがあり、援助すれば親は生活保護を受ける必要がないのに、援助をしていないのを「親不孝だ!」と騒ぎ立てるのも、(個人的には他人の家庭の事情に口を挟むなよ、とは思うが)家族を大切にしたい日本人の反応としては分からなくもない。

でもそれを「家族関係の崩壊!」といって騒ぎ立てるならともかく、不正受給だというのは、これまた理屈がよく分からない。
(もっともネットで見かけたのだが、子として「援助できない」稼ぎであると虚偽の申告をしていたなら、それは不正受給になるのかもしれない。)

幸いにして生活保護を受けなければいけない状況にはないため、どうやったら受けられるかについても特に詳しく調べた事はないのだが、例えば本人の意思として、親族の世話にはなりたくない時に、親族に頼るのではなく、生活保護に頼るという選択は許されないのだろうか。

親として、そう考えることがあっても良いと思うのだが、世間一般では「自分が親なら子に面倒をみさせるのは当たり前」という考え方が一般的で、だから援助しないのはおかしいということなのだろうか。これもよく分からない。子として親を援助したいとは思うが、親として子の援助を受けたいかは、今の自分には実感できない感情だ。

何だか、考えれば考えるほど、今回の不正受給に関する問題の根は、「親子間の関係」を「法律や制度で規定する」ことにあるのではないか、という気がしなくもない。親族が援助すべし、という規定がなければ、今回の件は特に「不正な受給」とはならなかったのではないか。(もちろん、親不孝だと騒ぎ立てるのは、個人の価値観の問題なので、騒ぎたい人は騒げば良い。)

いい加減、こうした法律は「個人」をベースに考えるように組み替えた方が良いのではないだろうか。保護者を必要とする未成年はさておき、独立した成人は法律上は個人として扱い、家族関係などは持ち込まない方が良い気がする。

当然、相続なんかも「個人同士のやり取り」として法律上は扱えば良い。正式な遺言等で相続相手を指定していなければ国で徴収して再分配。家族に残したければ「法律」ではなく「遺言」に頼るようにした方が、むしろ家族の絆は強まるような気がするのだが、どうなのだろうか。

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