« 本番一週間前 | トップページ | 3つ目のオケ »

2012年6月 5日 (火)

CSRレポートを発行する理由

CSRレポートの役割ってなんだろうか・・・ということを、昨日関係部署にヒアリングをしながらふと感じた。社会にとって、ではない。会社にとっての話だ。

例えば社会貢献活動については、本業と結びついて会社も何らかのリターンが得られる活動が持続可能な事例とされている。逆にいえばそうした要素を持たない慈善的な活動では、どこまで持続できるかが怪しいという事だろう。そうした判断をする企業を無責任となじるのは簡単だが、持ち出すだけでは持続できないのは、個人の活動だって同じだ。

同じような考え方に立てば、CSRレポートにもそうしたリターンがなければ、持続的に発行していく事は難しいという事になるだろう。ではそのリターンとは何だろうか。

SRIや専門家による評価だろうか。しかし、SRIの多くは独自のアンケートを行っていたりする。であればアンケートに答えれば良い話だ。もっとも、回答の際の条件にそうした情報が開示されているかが挙げられる事もあるので、ある種の証拠作り的な要素はあるかもしれない。とはいえ、SRIによる評価が企業にとってどれだけリターンと呼べるかはやや微妙だ。

専門家の評価の場合はもっと難しい。厳しいようだが、その専門家の評価自体が、社会に対してどれだけ影響力を持つかという部分がはっきりしないからだ。断っておくが、ここで問題になるのは、CSRに関心を持つ層ではなく、そうしたものに関心を持たない層への訴求の話である。
その専門家による評価をしてもらう事で、社会的な評価が上がるのであればそれは企業にとってリターンだが、企業を評価する事でその専門家への社会的関心が高まるといった構図であれば、それは企業にとっては特にメリットがない。

もちろん、CSRに関心を持つ層に対するアプローチとしてCSRレポートを作成するというのはあるだろう。ただ、こうしたCSRに関心を持つ層が社会や企業に対してどれだけの影響力を持ちうるかはまだ未知数だ。

では、従業員に自己点検をしてもらうためだろうか。しかし、こうした要素は社内的な取り組みでかなりカバーされつつある。全体としてまとまってはいなくても、個別には取組が行われていて、そうした取り組みにはもちろん自己点検のプロセスも含まれている。そもそも、CSRレポートの多くは、そうした取り組みを紹介するものだ。従業員にとっては、改めてレポートに記載しても「それで?」という感じだろう。

レポートの編集に携わる者として、こうした疑問は常に持ち続けていく必要があるのだろう。惰性で発行しても意味がなく、どのような必要性にそって発行する必要があるのか、常に自己点検が必要なのだ。何か、このところその辺りが抜け落ちて、発行するのが当たり前みたいな感覚に陥ってしまっていたかもしれない。

社会が必要としている?どのように必要とされているか、自分は描けているだろうか。
その必要性は単なる興味関心ではなく、会社にとってもリターンが得られるものだろうか。

教科書的な回答ではなく、自分や従業員にとって腑に落ちる回答が必要なのだ。

|

« 本番一週間前 | トップページ | 3つ目のオケ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22760/54880303

この記事へのトラックバック一覧です: CSRレポートを発行する理由:

« 本番一週間前 | トップページ | 3つ目のオケ »