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2012年7月30日 (月)

本番終了

先週から続く本番続きの週末が終了。土曜日がアンサンブル・オレイユ、日曜日が疾風怒濤の時代のオーケストラ(長いのでOASと略す事にする)の本番だ。といってもOASの方はスタッフであって出演者ではないが。

土曜日のオレイユは・・・そういえばブログ上では正式にプログラムを載せていなかった気がする。今回は南米の作曲家シリーズだった。

ピアソラ:室内管弦楽のためのシンフォニエッタ1953
カーゲル:固定楽想 ー 管弦楽のためのロンド
ヒナステラ:パブロ・カザルスの主題による変奏曲より《鳥の歌(カント)》
ヒナステラ:協奏的変奏曲

ピアソラはリズムが楽しい(=重要な)曲で、ピアソラらしさをどれだけ出せるかという点がポイントだったのだが、自分の中で消化しきれていたかというと心もとない。自パートの楽譜だけにかじりついていたら、オケ全体で奏でるリズムに意識が届かないのは自明だろう。

こうした曲は響きに身を任せるのではなく、リズムを自ら刻んでいかなければならないのだが、結局そうした楽しさを実感できるほどにはリズムに乗れていなかった気がする。

カーゲルは自パートの楽譜だけでなく、スコアを読んで頭を使えと言われていたのだが、結局スコアを見れたのも数回、楽譜をこなす事さえできなかった。かろうじて「聞く」事についてはついていけるようになったのだが、それも感覚的な話で「頭を使って理詰めで」聞けていたわけではない。

こういった曲も楽しい・・・とは思ったが、それと今後も「弾きたい」かはまた別の話。
ただ、こうした曲を本当の意味で「聴いて」「弾ける」ようになったら、また別の楽しさを得られるようになるんだろうな、とも思う。

ヒナステラの鳥の歌は、チェロは要するに「あの」鳥の歌を弾くのだが、他のパートが色々特殊な事をやっていて、それが楽しそうだった。いや美味しいのはチェロなのだが・・・。

協奏的変奏曲は、「協奏的」とあるように、ソロが重要なポジションを占めるので、それ以外としては安心して(?)聴いて&弾いていられるのだが、相変わらずオレイユの面々のレベルの高さとさらいこみには脱帽する。冒頭のチェロソロなんて、そんなキレイな音がアマチュアで出ますか!?という感じなのだが、そうした集団に身を置いて、自分をどれだけ磨けるかが大切な事だろう。

オレイユのプログラムは、惰性のような向き合い方を許さない。実際にはどんな曲でもそうした向き合い方は許されないのだが、オレイユの場合は無理やり向き合わされるようなところもあり、その辺りが自分の場合は甘いのだろう。


翌日曜日のOASは、20世紀以降の曲に取り組むオレイユとは対象的な、古典に取り組む室内オーケストラ。指揮者をおかず、自分たちで考えて音楽を作り上げようというのがコンセプトで、やはり楽譜に真剣に向かい合おうという気持ちが感じられる集団だ。

こちらはステマネの依頼という事で、奏者ではない形で協力。といってもたいした事はできなかったが、なるほどスタッフを「依頼される」側としては、こんな情報があると動きやすいんだな、とか、演奏中はこんな事を考えているんだな、といった事が分かった気もするので、これは別の意味で活かせる貴重な経験だったかもしれない。

スタッフといえば、オレイユでは特にスタッフなどの役割もなく演奏に集中できるのだが、そこで奇妙な実感をしたのが「ああ、スタッフでない奏者は開場後に着替えても十分間に合うんだな」という事だった。

府中では開場1時間前には着替えまで終えてスタッフとしてスタンバイをしなければならないメンバーも少なくない。自分もその一人なので、その感覚で開場30分前に練習が終わるスケジュールに何やら慌ただしさを感じていたのだが、実際はそれ程でもなく、食事をして着替えて余裕でスタンバイができた。

そういう環境を奏者にどうやって提供してくか・・・そんな事も考えていかなければならないような気がしたのだった。

さて、7月はあまりに慌ただしい感じだったが、8月以降は府中の秋定期に向けての練習を本格化させなければならない。とりあえず来週はマエストロがくるので、その前にきちんとさらわないとね・・・。

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