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2012年8月31日 (金)

差別かどうかよりも恐ろしいこと

日本生態系協会の会長が議員向けの講演会で「福島の人とは結婚しない方がいい」という発言が問題になっている。経緯については以下の記事が詳しそうだ。

生態系協会長 発言認める 「差別と思っていない」(福島民報)
http://www.minpo.jp/news/detail/201208303361

差別というのは、セクハラなどと同じで、する本人は大抵している自覚がないものなので、自分がどう思っているかは全く意味がないとは思うのだが、いくつかの記事を読みながらちょっと別の事を考えてしまった。

気になるのは朝日新聞の取材に答えていたこの部分だ。

「放射能地域の人、結婚しない方が」公益法人会長が講演(朝日デジタル)
http://www.asahi.com/national/update/0829/TKY201208290581.html

池谷会長は朝日新聞の取材に、「被曝(ひばく)で遺伝子損傷と奇形児出産のリスクが高まることを訴えた」と説明。「一般論として私の見解を話した。差別する意図はなかった」と話した。

この話は、具体的な地名が挙げられた事で「差別発言」として問題となったが、もし地名を挙げずに「一般論」として話されていたら、聞いた人はどのように受け取っていただろうか。
「そうなのか・・・」と結局心の中で発言と同じような事を思い浮かべてしまったのではないか。

実は恐ろしいのはそちらの方ではないかという気がする。先の福島民報の記事では、いくつかの専門家の話として、この話にそもそも科学的根拠がない事が紹介されている。

この発言の問題点は「差別発言」である以上に「根拠のない個人的見解」をさもそうではない「一般論」であるかのように発言している事であり、その部分をもっと問題視した方が良いのではないか。今回はこのような形で問題になったが、問題にならずに「個人的見解」が流布さてしまっているケースも多々あるのではないだろうか。

その蓄積が、差別や風評を生み出すのだ。

専門家の一人がこのように話している。

「一般論では専門家が一般の人を対象に説明する場合、国際的、科学的にコンセンサスを得られた事項を基に話をするべきだ」

「日本生態系協会」が専門家かどうかはさておき、個人的見解と一般論の間には大きな溝がある。個人的見解を言うなとは言わないが、一般論を提示した上で話すか、意見の相違があるのであれば、それも示すのが必要な姿勢だろう。

ま、聞く側が注意していれば良い話でもあるのだが。
講演会に参加していた議員がどのように受け止めたかは気になるところではある。

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