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2012年9月19日 (水)

企業が環境活動や社会貢献活動をする理由

企業が環境活動や社会貢献活動をする理由はなんだろうか。
この命題は、いまだ自分にとって答えの出ない問いだ。確たる自信が持てないと言っても良い。
(もっとも、基本的に常に懐疑心を持つ天邪鬼な自分の場合、大抵の命題は確たる答えが出ないが。)

環境活動を例に改めて整理する。

企業が行う環境活動には、大きく2つの方向性があった。
一つは、事業活動に伴う環境への負荷そのものを低減するための活動。もう一つは(企業を含む人類社会が)環境へ与えてしまった負荷をオフセットする活動だ。後者は必ずしもその企業の事業活動とは結びつかないが、多くの場合結びつけた形で行われる。企業というのは本来事業活動に付随することにしかお金を使えない=活動できないからだ。

歴史的には、企業の環境活動は、公害防止などに代表される前者の活動からスタートし、徐々に後者にシフトしていったと捉えることが出来る。前者すら行われていない時代というのは確かにあり、それが社会からの働きかけによってスタートした。これは、企業の大元の行動原理には環境活動というものが存在しなかったということを物語っている。

つまり、社会との関係の中で、その要請によって行われるようになったのが、環境活動ということだ。事業活動には直接関係しないオフセットの領域にまで活動が拡大したことも、社会からの要請に基づくと考えれば説明可能になる。

社会からの要請は、抗議活動のような直接的アプローチや、法規制のような間接的アプローチによって企業に伝えられ、その意思決定に影響を与える。

ここまでは、企業の立場は社会に対して受け身である。これはまぁ理解できる。社会の要請をどのようにキャッチするか(特に法規制のように具体的な形を伴わない間接的な要請をどう捉えるか)という課題はあるが、いずれにせよ企業が受け身の立場であれば、それはまぁ納得できるのだ。

問題は、これが逆転して、社会側が受け身になってしまう3つ目のケースだ。典型的な例は、CRMに代表されるマーケティング手法としての環境活動である。一見同じように見えて先の例と異なるのは、この活動における企業の行動原理はあくまでも事業活動の延長にあるという点だ。極めて露骨な書き方をすれば、これは「環境活動は事業拡大の手段に過ぎない」というに等しい。

こうした活動は、行動原理が事業活動に内包されるが故に強力な推進力を持つ。受け身ではなく自らの意思で行なっているのだから当然といえば当然だろう。

ところが一方で、それを明示してしまう事は、活動のイメージに多大なダメージを与えてしまう事が多い。それどころか、イメージ先行で行われた場合、実際には環境への負荷が低減されていないといった指摘をされてしまうというリスクもある。(そもそもオフセット的な活動はそういった要素がつきまとうのだが。)

で、どういうジレンマに陥るかというと、その活動のアカウンタビリティをどのように確保するかという問題に直面するのだ。これが冒頭の問いである。

企業が企業自身の行動原理に基づいて、企業自身のために行う環境活動や社会貢献活動は、正直にその活動理由を説明すると、社会的なイメージを損なうリスクがある。

企業が能動的に行う環境活動とは、環境ではなく企業のため、つまり事業活動の発展につながるためのものだ。しかし、それを素直に説明すれば、あらぬ批判やイメージダウンを招く。結果として、企業は「環境のため」と活動動機を「偽らなければならない」。ほかならぬ事業活動へのダメージを避け、環境活動へのダメージを避けるためだ。

それでは、企業が環境活動に取り組む理由はどのように説明されるべきだろうか。
まだ答えは出ない。

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