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2013年1月18日 (金)

やる気と忠誠心

やる気というのは捉えるのが難しいね・・・。

世界でダントツ最下位! 日本企業の社員のやる気はなぜこんなに低いのか?|『社会貢献』を買う人たち|ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/30488

日本の会社員のやる気が低いのは当然だ - 脱社畜ブログ
http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2013/01/17/204331

やる気というのは、何か行動を起こす際のファクターの一つではあるが、基本的にパフォーマンスにはあまり関係がないのではないかと思っている。やる気があっても弾けない曲は弾けないし、やる気がなくても滑るスピードは変わらない。ただ、やるかやらないかのトリガーとして(そして多くは「やらない口実として」)存在しているのが「やる気」というものではないだろうか。

また、こうした「モチベーション」が「人生の楽しさ」みたいなものに結びついていると考えるのであれば、最初のコラムで紹介されている調査の結果は、「従業員エンゲージメントの高い国は仕事以外で自己実現を図ることが難しい(から仕事でのやる気が高くなる)」みたいな捉え方もできるだろう。日本人が人生を楽しんでいるかどうかはさておき、人生における「やる気」というものが仕事でしか成り立たない訳ではない。
(特にヨーロッパでの低さとかはその辺りに起因するような気もする。)

ちなみに、この調査で問うているのは「仕事に対するやる気」ではなく「組織に対する忠誠心」だろう。「働くことに楽しさを感じる」ことと「組織に貢献する」ことというのは微妙に違っていて、特に日本では滅私奉公型の「組織への忠誠」が問われてしまう事が多いから、「組織に対する忠誠心が低い」というのは、それだけ組織との接し方が個人型にシフトしてきたのかな、といった読み方もできる気がする。

じゃあアメリカとかとの違いは何なんだと言えば、それは「組織選択の自由が低い」という事に尽きる。ようするに個人と組織のマッチングがスムーズではないということで、組織への忠誠心を高める上で大切なのは、理念が立派であることではなく、それが個人の価値観とマッチすることだ。逆にいえばマッチする組織を選べることが大切で、そうした流動性の結果が、インドなどの「やる気」の高さに結びついているのではないか、という気がする。

ようするに「今は」現在の組織に対する貢献意識が高くても、「明日は」より自分の価値観にマッチした別の組織に向けられる可能性があるということだ。日本ではそれを組織に対する忠誠心とは捉えないだろうが、そうした社会であれば、あるタイミングで切り取った際の「やる気」は高いに決まっている。高くなければその組織にいる意味がないんだから。


後に紹介した方は・・・まぁ一面ではその通りなんだが、99%は言い過ぎなんじゃないかという気がするし(自分の周りにいる人たちが残りの1%ばかりだとしたら幸せなことではあるが)、そうやって会社に環境を整えてもらおうと思っているうちは、結局やる気はあがらないだろうなとは感じる。文字通り「やらない理由」としてしか「やる気」という言葉がワークしていないような状態。

労働環境というのは衛生要因なので、整っていないことが不満につながっても、整うことが動機付けにはつながらない。この二つのコラムは、動機付け要因を語る前者と、衛生要因を重視する後者という時点であまりかみ合ってはいないのだが、あえて合わせて紹介しながら、やる気について考えてみた。


そもそも、「やる気が成功を生む」のではなく「成功がやる気を生む」のであって、やる気は結果のバロメーターでしかないような気もするんだけどね。

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