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2013年2月 6日 (水)

発信する必要性と隠したい理由

今朝は会社の清掃活動が予定されているのだが、当然の事ながら明日に延期になる。こればかりは仕方が無い。

昨日は久しぶりに会社のブログを書いた。身も蓋もない評価をすれば、特に明確な目的とか、伝えたい内容があった訳ではなく、割り切りで書くようなエントリーだ。

・・・が、そういえば、それで何が悪いのか、とも考えている。元々あのブログは「正しい情報」や「どうしても知って欲しい情報」を発信するためではなく、「日々の様子を雑談のごとく伝える」事を目的の一つにしていたはずだからだ。

なぜかというと、そうした雑多な情報の積み重ねが、親しみと信頼を形成するという想定をベースにしているからだ。メインストリームではない周辺情報の広さが信頼形成の基盤になるというモデルだと考えてもよい。

そういう意味では、手抜きであってはいけないが、意図をもって内容を厳選するような必要はない。昨日書いたようなプレッシャーは、発信する内容を選ぶということを無意識にするようになった事から生まれてきたのかもしれない。

「それって発信する必要あるの?」という質問は、情報発信の際に気をつける必要のある最大の障害だ。

確かに発信には意図が必要だが、それはその情報単独で見た場合の話で、個人や組織の発する情報の全体像から見た場合、実は本筋から外れた他愛のない発信が果たす役割は小さくない。それは特に個人同士のコミュニケーションを見ていれば分かる。

「おはようございます」それって発信する必要あるの?
「雪の様子はどうだった?」それって仕事に関係するの?
「お子さんは学校行けた?」だから何?

会社の事業に、従業員による清掃活動なんて関係ない。社内的な事情だから、外部の人には伝えても意味がない・・・それはつまり「相手とコミュニケーションするのに、自分自身の話は関係ない」というようなものだ。

「それって隠したい理由があるの?」

必要なのは、そういう質問なのかもしれない。隠したい情報は、もちろん個人同士のコミュニケーションにおいても「隠される」ものだ。

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