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2013年2月27日 (水)

「削減」という付加価値

昨日こんなTweetをした。

生産においてコスト削減は付加価値を高めるものだけど、消費におけるコスト削減は実は付加価値を減じる行為ではないかとふと思ったり。論理的根拠はまだない。
2013年2月26日 18:26:10 HootSuiteから

そもそも「消費におけるコスト削減」の定義が定かではない。
2013年2月26日 18:27:30 HootSuiteから

90円のコストに10円の付加価値を上乗せして100円で売っているモノあるいはサービスがあるとする。コストを88円に削減して100円で売れば、付加価値は2円上昇する。だが、コストにあわせて98円に値下げしたら、付加価値は10円のままで変化がない。
2013年2月26日 19:20:01 HootSuiteから

一方消費あるいは購買という視点で考えると、90円のコストの100円のモノを98円で買うと、そのモノの付加価値を2円減じた事になる。浮いた2円を別の消費に投入する事はできるが、それ自体で付加価値を生み出せる訳ではない。
2013年2月26日 19:23:01 HootSuiteから

生産というのは「買って」「売る」間に付加価値を上乗せする行為だ。一方、消費というのは「買う」で完結してしまう。いや「使う」というのがあるな。では、その「買う」「使う」の間において付加価値を生み出す事は可能だろうか。
2013年2月26日 19:25:27 HootSuiteから

そのモノがもともと想定していた範囲内の使い方であれば、そこに付加価値が生まれたとは言えないだろう。だが新たな使途を工夫する事ができれば、付加価値を生み出したと言えるかもしれない。
2013年2月26日 19:27:14 HootSuiteから

とはいえ、もっとシンプルに考えるなら、消費において付加価値を上乗せする簡単な方法は、そのモノの価格に金額を上乗せして買う事だ。90円のコストで100円で売られているモノを102円で買えば、消費段階で付加価値が上乗せされ12円になる理屈だ。
2013年2月26日 19:31:48 HootSuiteから

理屈だけど釈然としないのは、生産における購買価格低下が付加価値向上につながるのと、消費における購買価格低下が付加価値減少につながるという対称性が、どうにもしっくりこないからだ。
2013年2月26日 19:34:27 HootSuiteから

家に着いてしまったのでTweetはここまでだったのだが、引き続き考えていたのは、そもそも「消費」という行為が特殊なのであって、「消費者」であっても、買ったモノを生産に供する事ができると考えれば、コスト削減と矛盾しないのではないかといった事を考えた。

例えば、食材を購入して調理して食べる。調理という行為は生産にあたるから、食材のコストを下げる(でも食事の質は下げない)事は、付加価値の拡大につながる、といった感じだろうか。もちろん、最終的に「食べる」という行為において付加価値を向上させるのは難しいが、そもそもその段階では「コストを下げる」という事も難しい。


・・・だが、今朝になって改めて考えたのは「そもそもコスト削減って付加価値?」という事だった。提供する側で得られるメリットが増えることと、社会全体に対する付加価値が向上することは、そもそも同じではない。「同じものをより少ないコストで提供できるようになる」事と、「同じコストでより良いものを提供できるようになる」は、同じようでいて、実はまったく違うものなのではないだろうか。

そういう前提に立つと、そもそも最初の、

生産においてコスト削減は付加価値を高めるものだけど、消費におけるコスト削減は実は付加価値を減じる行為ではないかとふと思ったり。論理的根拠はまだない。
2013年2月26日 18:26:10 HootSuiteから

自体が崩れてしまい、そもそも「コスト削減」というのは、すべからく付加価値を減じる行為なんだよということになってしまう。

しかし、書いてみるとこれも釈然としないな・・・。

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