« 今シーズンのスキー | トップページ | どこまでを自分でやるか »

2013年3月15日 (金)

ブータン 知られざるもう一つの顔

昨日は久しぶりにアカデミーヒルズのセミナーに行ってきた。コンサートもそうだが、こうした機会は定期的かつ意識的に持つようにしないと、気がついたらずいぶん前回から間が空いている・・・ということがある。そういえばコンサート(注:プロの)は久しく行ってないな。

昨日のセミナーはGNH(国民総幸福量)で知られるブータンの話。それも「もう一つの顔」ということで、難民問題に焦点をあて、そもそもGNHがどのような国家戦略なのかを解き明かすという内容。知っているようで知らないブータンについて考える、なかなか刺激的な内容だった。

ブータンは1907年に王国として成立。説明するまでもないことだが、人口13億の中国と人口12億のインドという大国に挟まれた、人口70万人の小国だ。位置的にはネパールと似たような感じだが、あちらは人口3000万人で規模がかなり違う。

そしてこれは知らなかったのだが、ネパールとブータンの間には1975年までシッキム王国という国があったそうだ。今はインドに併合され、シッキム州になっている。ブータン(の政権)が恐れているのが、このシッキムの二の舞となることで、その辺りはこちらを読んだりするとわかりやすいかもしれない。

ネパール人に乗っ取られ、アメリカ娘にたぶらかされて消えたヒマラヤの小国
シッキム王国
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/syometsu/sikkim.html

そんな動機はさておき、GNHという政策の目的が、その名称から感じられる「国民の幸福の追求」ではなく、ソフトパワーによる国家安全保障だというのはなるほどという気がした。ようするに、仏教的価値観や伝統文化といった国のソフト面を指標化し、その価値を国際社会に認めさせることで、他国の干渉を防ぐのが狙いということだ。

そしてそのために行われたのが、価値観の異なる国民の国外追放であり、その結果生まれたのがピーク時で11万人という難民という訳だ。

極めて大雑把かつ乱暴にまとめると、ブータンは「国民の幸せを追求するためにGNHという指標を国家目標に掲げた」のではなく「国家を守るためにGNHという指標を掲げ、その指標に沿わない国民を片っ端から追放した」国ということになる。

うん、確かにそれは「知られざるもう一つの顔」かもしれない。

もっとも、ブータンの難民問題はGNHという政策を掲げる以前から国際社会で取り上げられており、「アジア版民族浄化政策」などと呼ばれた事もあったらしい。ようするにGNH以前から国外追放政策はあり、GNHはある意味それを糊塗するためと捉えることもできるだろう。

そしてそれがなぜ政策として必要だったかというのは、先のシッキム王国のリンクを読むとなんとなく想像できる。

問題はそこだろう。ブータンの戦略は、統治者の側から「国家維持」という側面で見るなら決して間違っていない。もちろん、国民のために国家があるのであれば、その国家が国民を迫害してどうするのか、という話ではあるのだが、ではその結果国家が崩壊しても良いのか、という問題もある。

なにより、「国外追放とならない」国民にとっては、ブータンは幸せに暮らせる国なのだ。それはどんな国民かといえば、掲げられた価値観と文化を尊ぶ人たちであり、彼らにとっては、異なる価値観を国内に認めた結果、国が崩壊してしまうことの方がよほど不幸なことだろう。

これは組織においても「多様性の受容」という概念で語られる命題だ。

で・・・時間切れ。今日は外出の予定があるので、これ以上はひっぱれない・・・。

|

« 今シーズンのスキー | トップページ | どこまでを自分でやるか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22760/56957734

この記事へのトラックバック一覧です: ブータン 知られざるもう一つの顔:

« 今シーズンのスキー | トップページ | どこまでを自分でやるか »