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2013年3月18日 (月)

どこまでを自分でやるか

先週は外出の機会が比較的多かったのだが、夜に開催されるセミナーも含めて、色々と刺激が得られた。それが直接的に当面の仕事に結びつくわけではないにしても、そうした刺激の蓄積が、自分の考えや行動にポジティブな影響を与えているのは間違いない。

そういった意味では貴重な時間なのだが、一方でそれは当面の作業時間を削ることにつながる。どうやったらその効率をあげていけるのかは、喫緊の重要な課題だ。

自分の場合、これまでは力押し、つまりかける時間を増やすことで(逆にそのマージンを生み出すために普段は時間に余裕を持たせている)なんとかしてきたのだが、それでは回らなくなってきている。何らかの形で効率を改善しなければ、常にフルに時間を使う(=残業時間を食いつぶす)状態に移行しかねない。

つまり、今の段階ではまだ若干余裕があるのだが、その間に改善を図らなければ、負のスパイラルに入ってしまうということだ。
(もっとも、一部を無理やり先延ばしにしてしまうという解決方法はある。今の状態はやや季節的なもので、しばらく先になれば余裕が出てくるのは見えているからだ。ただし、その方法をとると、「先延ばしをした」ストレスが精神的にのしかかる上、その季節にやりたいことが結局できずに終わるという結果を招く。今の季節に今の内容をなんとか終わらせる方法が必要なのだ。)

改善を図るには、当たり前だが自分のやり方を変えるしかない。

自分のやり方に問題があるとすれば、それは「考えすぎる」ということだ。仕事を(これは会社に限らずオケでもそうだが)100%完結させるには、どこかで他者を巻きこんでいく必要があるが、8割がたを自分の中で済ませてアプローチするのと、6割、場合によっては4割の段階でアプローチするのとでは、時間の使い方が大きく異なってくる。

過去の経験上、なるべく自分の側で済ませておいた方が早かったので、そうした進め方が無意識に習慣づいてしまっているのだが、考えてみれば、残りが2割と残りが6割では「巻き込んだ後の」時間は2割の方が早いのは当たり前だ。少なくとも、トータルではどうなのか、あるいは8割を自分でやる時間的ロスはどうなのか、という視点が欠けていたのは間違いない。

多分、その辺りの他者へのアプローチを早期にしていくことが大切なのだろう。自分が8割をかけていた場合、その8割部分を効率化するのは限界に近い。一方、それを6割にすれば、残りの4割を効率化する方法はまだ余地が残っている気がする。そもそも自分が6割になるというのは、それだけ余裕ができるということだ。(もっとも、しばらくは残り4割のフォローにそれ以上の負荷がかかるという事になるのだろうが。)

今更ながらに、そうした発想転換を求められているのだった。面倒なので8割自分でやった方がおそらく楽だろうとは思うのだが。

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