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2013年4月 9日 (火)

経営者の目線

例えば「指揮者の目線を持ってプレイヤーとして演奏する」と「指揮者として演奏する」では全然違う。

「経営者目線を持て」の真の意味は「みんな俺と同じように考えろ」ー脱社畜ブログ
http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2013/04/08/204643

目線を持つ、と、その立場に実際になるという間には大きな開きがある。経営者になるというのは、その責任を負う事だ。一方、目線を持つというのは、その責任まで負う事は求めていない(本来は)。

そこで責任を押し付けるような経営者は当然失格だと思うが、目線を求める事自体はおかしいことではない。その考えが自分と違う事も許容するはずだ(経営者としては・・・人間としては許容できない単なる未熟な人格というのはありそうだが)。

ただし、意見が別れた時の最終の判断は「目線を持つ者」の役割ではなく、「責任を持つ者」の役割だ。その辺りの切り分けが曖昧なのかもしれない。それ自体は、「責任を持つ者」の態度からも残念ながら感じてしまう事はある。


とはいえ、一方でこの「経営者目線を持て」というのは、厳しい要求だなとも思っている。
何故なら経営者と社員の間には圧倒的な情報格差があるからだ。もちろん、一部にはそうではない経営を取り入れている会社もあるが、まぁ一般的にはそうだろう。

目線というのは、本人の心構えだけで何とかなるものではない。経営者の目線というのは、本来「経営者の立場」に身を置いてこそ磨かれるものだ。立場という責任ではなく、立場で得られる情報が目線を磨くのだ。

例えばオーケストラでは、指揮者とプレイヤーに与えられる情報には大差がない。だからプレイヤーに「指揮者の目線を持て」というのは、ほぼ心構え(まぁ才能や経験はもちろんあるが)の問題と言っても差し支えないだろう。

会社組織の場合はなかなかそうはいかない。公開される経営情報などというのは、経営者が得る情報のほんの一部、というか、経営者が公開しても良いと考えた情報だろう。自分も含めた従業員の給与情報、コンプライアンス上の問題事、はては経営者の立場でこそ得られる人脈などが「経営者の目線」を作るものだとして、社員に経営者の目線を持たせるためにそれら全てを開示し提供する覚悟が経営者にはあるだろうか。(もちろんある経営者もいる。)


もっとも、厳しい要求だからしてはいけないと言いたいわけではない。そうした条件の違いを自覚した上で求めるのであれば、自ずと求め方も違ってくるのではないか、というだけの話だ。

「経営者が従業員に経営者目線を要求することは経営者の職務放棄であるし、割に合わない仕事の強要の前触れに違いないからだ。」

むしろ経営者の役割は、そうした条件の中で、いかに従業員一人ひとりに経営者の目線で判断ができるようにするかであって、「経営者の目線を持たせる」というのは職務放棄ではなく、もっとも重要な職務だろう。

ただしそれは「従業員がその目線を持てないのはまさに経営者の問題であり責任」であるという事だ。そういった意味では「自覚がない」「心構えが足りない」のように「従業員の責任である」かのような発言をする経営者には、ちょっと注意した方が良いかもしれない。

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