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2013年4月 3日 (水)

音楽を奏でるために必要なこと

昨日は雨の中、上野の森の練習。ドヴォルザークの新世界は知らぬ者は多分いない名曲中の名曲なのだが、知っているから簡単に弾ける訳ではもちろんない。むしろその方が注意が必要だし、丁寧に組み立てる必要があるというのは指揮者の言葉だが、多分その通りだろう。

それは府中の悲愴も同じで、なまじ知っているだけに思い込みで弾いている部分というのは確かにある。昨日の練習では、旋律ではなく内声に注意を払って合わせていけというアドバイスがあったのだが、実際そうした内声に、弾く立場ではなく聴く立場で魅力を感じるようになってくると、音楽というのがより深く感じられるようになったりするので、その辺りを今回の課題として考えると良いかもしれない。音量を抑えてアンサンブルに溶けこませるトレーニングにもなる。

さて、練習終了後の飲み会ではスキーのポールセッターと作曲家の類似点の話なんかで盛り上がったりしたのだが、そういえば車の運転になぞらえたりした事も(このブログでは)あったのだった。

ようするに、車を上手に操る技術を磨くためのトレーニングと、コースに習熟して早く走るためのトレーニングは、楽器を奏でるためのトレーニングと、音楽を奏でるためのトレーニングのような違いがあるという話だ。

いや逆か。

楽器を奏でるためのトレーニングと、音楽を奏でるためのトレーニングは、車を上手に操る技術を磨くためのトレーニングと、コースに習熟して早く走るためのトレーニングのような違いがある、の方が良いかもしれない。
スキーでいうなら、上手に滑るためのトレーニングと、競技においてセットされたポールを攻略し早く滑る事の違いになる。

これらは「上手くなる」という点については、ほぼそのアプローチにおける考え方が共通する。

一つは理論的な裏付け、もう一つは徹底した反復だ。体に覚えこませるための反復練習は当たり前の話としてさておき、理論的な裏付けというのは、一言でいうなら体の使い方と対象物(楽器、車、スキー)の挙動の関係を論理的に説明できるかという事になるだろうか。

ようするに、結果としての挙動を生み出すために、自分の体をどのようにコントロールする必要があるかというのを、言語で説明できるか、という事だ。筋トレでいうところの「どの筋肉を鍛えるか」というのに近い。

一方「音楽を奏でる」「コースを攻略する」も、作曲者やコース設定者の意図を読み取り、いかに表現(コースを早く走る/滑るというのも表現としてのパフォーマンスだ)するかという点で良く似ている。

スキーではレースの前にインスペクション(コースの下見)がある。一度八方でのワールドカップを見に行った時に、レーサーがコース上で時々立ち止まり、実際に手を板に見たてて、左右に傾けながらそれぞれのポールにどのようにアプローチするのか、複数のターンをどのように組み立てていくのかを、何度もシミュレーションするのを目にしたのだが、これが音楽でいえばスコアリーディングやリハーサルにあたるだろう。

そう考えると、リハーサルの目的は、上手く弾くためのトレーニングではなく、どんな音楽を奏でるかのシミュレーションにある。必要なのは、楽譜に込められたイメージを掴むこと、全体の流れをどのように構築するかを考えることだ。

アマチュアでは、まずは上手に(それ以前にミスをせずに)弾くためのトレーニングが優先されてしまうので、なかなかそうした領域には到達しない。ただ、考えてみると、後者のシミュレーションは必ずしも「楽器を弾く」現場だけで行われるものではなく、いかに表現を事前に考え、イメージを組み立てておくかが問われていると考えることもできる。

ということは、結局そうした準備の問題なのだ。楽器に触らない時間に、いかに音楽のことを考え、学んでいるかが、「音楽を奏でること」に求められる要素なのかもしれない。

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コメント

楽譜の話よかったです。
私は楽譜が好きなので楽しく読ませていただくことができました。ありがとうございます(^^)

投稿: 由美香 | 2013年4月 3日 (水) 16時01分

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