« 右手の矯正 | トップページ | 物欲 »

2013年4月25日 (木)

アウトプット

会議の目的とはなんだろうか。そもそも、会議の「仕事としての位置づけ」はどこにあるのだろうか。

どうも自分の中には、会議を仕事として位置づける感覚が薄い。むしろ何かの作業をしている方が、よほど仕事をしている「感覚」に近い。ただしこれはあくまで「感覚」の話だ。

会議や打ち合わせに仕事感を感じないのは、会議や打ち合わせそのものの問題というよりは、そのやり方に問題があるということだろう。

例えば、自分の中で作業と違って仕事感がない理由の一つに、アウトプットが明確ではないという事がある。作業というのが、資料であれメールであれ何らかのアウトプットを伴うのに対して、会議や打ち合わせはそれが薄い事が多い。議事録があればまだ良い方で、打ち合わせだと話し合いで終わった感じになってしまう。ようするに目に見える手応えがない。

議事録にしても、話した内容の記録というのは「作り上げた」感が薄い。もちろん大切なのはその話の中身なのだが、そこに「これからやらなければならないこと」が並んでいたりすると、今使った会議の時間をそのために費やしていればずっと早く終わるのに、とか思ってしまったりする。

こういう感覚になってしまうのは、多分自分の中には「決めるのは一人で良い」みたいな感覚があるからだ。実際会議にはそうした「決める人」が同席していたりして、特に他の意見は必要としていなかったりするように思える事もある。

脱線した。

自分の中で会議や打ち合わせを仕事として位置付けていくには、その目的をアウトプットにフォーカスして定義しておく必要がありそうだ。情報共有というインプットで終わらせても良いのだが、それでは時間がもったいないような気もする。合意を形成する、というのも弱くて、それを明確にアウトプットに落とし込むまでやる必要がありそうだ。

まぁ、自分が仕掛けるような打ち合わせや会議はそれで良いだろう。
問題は巻き込まれる場合だなぁ・・・。

|

« 右手の矯正 | トップページ | 物欲 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22760/57242848

この記事へのトラックバック一覧です: アウトプット:

« 右手の矯正 | トップページ | 物欲 »