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2013年4月 2日 (火)

練習しなくては

今日は上野の森の練習なのだが、朝から雨。楽器持ちというのは結構きつい。いやいや、練習を休むわけではありませんけどね。

日曜日は府中の1日練習があった。通常1日練習は本番前週のみなのだが、今回は何回か予定されている。指揮者の森口先生を大分からお呼びしているので「半日で帰してはもったいない」というのがその理由だ。

しかし、1日練習は・・・きつい。チャイコフスキーはほとんど休むところがないし、そもそも「弾いていない時間にいかに頭を使うか」がポイントだと普段言っているのだから、気を抜いていては練習にならないのだ。
(とはいえ実際には前日の疲れもあって途中ウトウトしてしまったりしたのだが・・・。)

スラヴ行進曲は、大分形になってきているとは思うのだが、エンジンがかかるのが遅い傾向がある。何度か繰り返せばできるというのは、一発勝負の本番ではできないと言っているようなものだ。
個人的な状況を言えば、この曲に関しては一発目に「忘れている」傾向が強い。事前に一度でもさらっておけば大体OKではあるのだが、その時間が取れていない。まぁその点は本番に関しては問題ないだろうが、練習のスタートで躓くのはあまりよろしくない。

ヴァイオリン協奏曲は、スラヴ行進曲に輪をかけて「忘れている」。そもそも練習自体が少ないのだ。合奏では再三「アンテナを張っておく」事を強調された。ソリストとの合わせがまだなので、どのようになるかがまだ分からない。仮に分かったとしても、本番がその通りになるとは限らない。
アンテナを張るためには、その分楽譜以外に注意を配る必要がある。ようするに楽譜にかじりついていてはダメなのだが、それ(楽譜から目や意識を離す)が可能なほど弾き込んでいない。とはいえ、めちゃくちゃさらわなければいけない箇所がある訳ではないので、普通に弾き込んでいれば大丈夫な筈だ。

悲愴は「ずいぶん良くなった」とは言われたのだが、それは「まだまだ」の同意でもあるだろう。ユニゾンを多用するのがチャイコフスキーのオーケストレーションの特徴だが、その音の厚みが派手なだけに、パート単独になるところの音の貧弱さが際だってしまう。本来厚みのある音が必要なのはそうした所なのだが、ついついユニゾンで不要な「がんばり」をしてしまうのが、アマチュアの悲しさというか、性というか・・・。

困ったことに、求められる「音の厚みや豊かさ」というのは一朝一夕で身につくものではなく、単純に回数をさらえば何とかなるというものでもない。弓の持ち方を矯正して、音の出し方を変える事を少し前から試みているのだが、短期間で身につくようなものではないだろう。

さて、定期演奏会はそれはそれで迫ってきているのだが、直近ではバレエの伴奏がある。弦楽五重奏でのモーツァルトのディベルティメントは、悲愴以上に地力が要求される曲だ。せめて今の地力を最大限発揮できるように、楽譜でつまずくことがないように準備をしておかなければならない。そもそも伴奏の場合、色々イレギュラーな事を要求されたりするので、いつも以上にアンテナを張っておく必要があるんだよね・・・。

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