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2013年5月13日 (月)

演奏会終了

府中の定期演奏会が終了。毎回のことながら良い演奏会だった。
で、いつもならここで運営面の課題を書き連ねるのだが、毎回代わり映えしない上に、今回は諸々多すぎるので、ちょっと演奏面について考えてみる。

本番前日のG.P.の前に少し時間があったので、いつもよりも丁寧にスケールをさらってみたのだが、その後の練習で思った以上に指が回るという体験をした。さらったスケールはハ長調だけで、曲の調ではないにもかかわらずだ。

おそらく、曲の調性でのスケールをしっかりやっておけば、さらに結果は違ったに違いない。
そう考えると、やはりスケールというのは基本中の基本で、しっかりやっておく必要があるのだろう。

しかしまぁこれは「演奏会」には特に関係がない。きちんと練習しようというだけの話だ。

演奏会はといえば、今回はやはり大谷康子さんのバイオリン協奏曲が素晴らしかったのだが、特に緩徐楽章の美しさというのは、録音ではなく生で聴かないと分からないのかもなぁと感じてしまった。CDなどで聴く時とは違う、演奏者の繊細な息遣いまでが感じられるのは、生演奏ならではだろう。もっともそれはステージ上で共演しているが故の感覚かもしれないが。

それにしても、ああした弱音での表現力はどうやったら身につくのだろうか。そもそも練習量が桁違いなのはもうどうしようもないのだが、それにしても、何も考えずに弾いていても身につかないものだろう。問題は何を考えて弾いていればそうなるかだ。

第二楽章のバイオリンソロの冒頭、大谷さんは開放弦で弾き始めたのだが、この音が息を飲むほど美しい。自分だったら、隣の弦で同じ音を押さえて、ビブラートで音色を作ろうとしてしまうと思うのだが、右手だけでそうした音色のコントロールができるということだ。プロだからと言ってしまうのは簡単なのだが、開放弦を綺麗に鳴らす、その音色を右手だけでコントロールするというのは、もっともっと意識して練習をする必要があるし、何よりも「練習したい」と感じさせられる音色だった。

・・・どう練習すれば良いかはさっぱり分からないのだが。

悲愴の終楽章などは、そうした弱音での音色のコントロールが繊細に要求されたのだが、どうにもカエルを潰した(というとカエルに申し訳ないのだが)ような音にしかなっていなかった気がする。ミニクラシックコンサートで、バーバーのアダージョやアンダンテ・カンタービレを演奏した時にも思ったのだが、弱音というのはそもそも「雰囲気」を出すのがとても難しい。

力任せに大きな音を出すというのもどうかとは思うのだが、そうした音量に合わせた「らしさ」を出せるようになるかは、今後の課題の一つだろう。


ご来場いただいたみなさま ありがとうございました。

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