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2013年5月10日 (金)

「忙しい」という高揚感

心を亡くすと書く「忙しい」は、普段使わないようにしている言葉なのだが、時々そういう状態に陥る事がある。「時間がない」ではなく「忙しい」だ。

そうした状態は、自ら招いた結果ではあるのだが、少々困ったことに、「忙しい」時というのは、ランナーズハイのような高揚感がある気がする。周囲に配慮する余裕もなくのめり込む必要があるほど追い込まれている状態だからなのか、アドレナリンが異常に分泌されているとでもいおうか。

慢性的に「忙しい」のであれば、また少し変わってくるかもしれないが、時々な場合それは麻薬のような拘束力を持っているように感じられる。(いや麻薬は経験したことはないので、あくまで想像だけれども。)

心を脳に置き換えるなら、白黒ついて「やるしかない」状態にあるということかもしれない。逃げるにせよ襲うにせよ、その瞬間「そのことしか考えていない」状態というのは、脳としては安心している状態だ。「忙しい」時というのは、余計なことを考えないだろうから、脳としては逆に不安がない。何というか本能に従う動物的な状態で、逆にいえば人の心というのは、不安定なゆらぎの中にこそあるのだろう。

で、今はそんな状態にあるわけだが(とはいえ、時間外にはこのブログを書く程度の余裕はある)、こうして書いていて、ふと感じるのは、今の「忙しさ」はこうしたハイな状態を得るために脳が無意識に招いた事態じゃあるまいな、という疑念だ。

こういう事態を招かないための対処は本来幾つもあるはずだ。ただしそれは脳を常に不安な状態に律するという事でもある。その不安に耐えられなくなった時に、あえて「忙しい」という真っ白な状態を招いてリセットしているのかもしれない。周囲の環境とか、「たまたま」立て込んだなんていうのは、そのための単なる言い訳だ。

とはいえ理屈を考えてみても、別に「忙しい」状態が解消されるわけでもない。やり切るまでは解消されないのが「忙しい」という状態なわけで、一度そのスイッチが入ってしまったら、何とかするまで抜け出すことはできない。

・・・などと、暇なことを考えてみたりしたのだった。さて、「忙しい」状態に戻りますかね。

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