« 営利組織が得る利益 | トップページ | 変わってない »

2013年5月30日 (木)

努力の価値

努力に価値はないだろうか。

ぼくが「努力には何の価値もない」と考える理由
http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/24238

言っていることには一理あるのだが、ややひっかるのは、努力は評価指標なのか、という点だ。
努力を評価指標と考える事には、確かにリスクがある。だが、評価指標として使えないことがすなわち努力に価値がないと結びつけてしまって良いのだろうか。

努力を評価と結びつけて考えるのは、子供の頃に褒められた事が刷り込みのように作用しているためだ。だが悲しいかな、子供であれば努力は評価されても、大人は評価されない。それは現実としてそうだろう。

でも、だからといって、子供の努力を褒める事にも価値はないのだろうか。
「どうせ大人になったら評価されないんだから、努力なんてしても価値はないよ」と子供に刷り込むのは正しいことだろうか。いや正しい正しくないというか、そうしたいことだろうか。

子供は別だとすれば、それは何故だろうか。

子供の努力を褒めるのは何故だろう。もっと努力させるためだろうか。もっと頑張らせるためだろうか。

もしかしたら、その事を「頑張らなくても」できるようにするためではないか。
努力と考えない、頑張っているとは思わなくても、そのことができる状態になる事をめざしているのではないだろうか。

成果は、そうしてできるようになったあとに生まれるものだ。
であれば、そのための努力に価値がないということはないはずだ。

とはいうものの、この考え方は「成果がないのは努力が足りない証拠」という話に結びつきやすい。だから気をつけなければいけないのは「努力して何かができるようになること」と「何かをすることで成果が生まれること」は、実は関係がないと捉える事だろう。

「努力して何かができるようになること」に価値がないということはないはずだ。

|

« 営利組織が得る利益 | トップページ | 変わってない »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22760/57487773

この記事へのトラックバック一覧です: 努力の価値:

« 営利組織が得る利益 | トップページ | 変わってない »