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2013年6月 3日 (月)

少人数のシューマン4番と大人数のベートーベン5番

週末はアンサンブル・オレイユと府中市民交響楽団の練習。火曜日の上野の森交響楽団とあわせて3団体掛け持ちというのは、多いといえば多いのだが、ではそれが少なくなれば練習する時間ができるかというと必ずしもそうとは言えないのが微妙なところだ。
(そして実はもう一つ入ってきそうなんだな・・・。)

土曜日の夜から日曜日の午前中というのは、オレイユと府中の練習が続くのだが、今回はドイツの作曲家が続く。特にオレイユはいつもと違って、何をやっているか分からない感がないので、両団体の練習やアンサンブルの違いというのが際立って面白い。ちなみに上野の森は上野の森で違っているので、なかなか刺激的な経験ではある。

もっとも大きな違いは人数の違いだろう。室内オケに近いオレイユは、チェロは5人だが、ヴァイオリンが3プルトらしいので、これでも多いぐらいだ(全貌はまだよく分かっていないが、弦楽器は、3-3-3-2.5-1.5の模様)。対して府中は運命を倍管の大編成でやるため、弦楽器の編成は、8-7-6-5.5-4というサイズになる(チェロだけ中途半端)。

ところがアンサンブルでは、オレイユの方がより「小さな音」を指揮者から要求される事が多い。これは「少人数でも音が大きくてうるさい」という意味ではなく、より繊細にアンサンブルを組み立てる事が要求されているという事だ。

対して府中はというと、比較するとどうしても騒がしい。何というか、集団としての人の存在感だけである種の喧騒が発生し、それを抑えきれていないような感じがある。言葉は悪いが、緩いのだ。
(この辺りは、初回の譜読みでも70人近く参加がある団体規模にも起因するのかもしれない。上野の森の場合は、最終的には府中に近い規模だが、練習時はそれほどの人数ではないため、また違う雰囲気がある。)

ただ、大人数だから大味で良いかというと(現状はそうなのだが)それで良いという訳ではもちろんない。本来規模に関係なく静寂は保てるものだし、実際本番ではそうなるのだ。

この人数が生み出す喧騒というのは、自身の弾き方にも影響を与えている。そもそもオレイユでは「極限まで音量を下げたつもりでもまだ自分の音が聞こえてしまう」緊張感があるのに対し、府中では「これ以上音量を下げてしまうと自分の音が聞こえなくなってしまう」緊張感がある。

もちろんアンサンブルの理想は「自分の音が溶け込んで聞こえなくなる」事にあるのだから、最終的には「聞こえなくなる」事をめざすべきなのだが、自分の音が聞こえないのに正しい音を出している確信を持って弾くのは難しいものだ。それに府中の場合は「音を出さなくても」そういう状態になってしまったりするので、なおのことバランスをとるのが難しかったりする。

そんな事を考えながら、そうやって否応無しに聞こえてくる自分の音の汚さに落ち込んだりしたのだった。まぁ時々は「ああ、溶け込んでる!」みたいな至福の瞬間もあるんだけどね・・・。

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