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2013年7月 5日 (金)

日本人は教えすぎている

思うに、日本人は「教えられすぎている」のではなく「教えすぎている」のだと思う。

Business Media 誠:日本人は教えられすぎている
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1307/02/news062.html

その典型がこの方の「研修プログラム」だ。

しかし私の分野は「仕事観・働く自律マインド醸成型」研修である。自分の仕事の意味をどうすれば見つけることができるか、自律的な人間になるための術は何か、幸せに働くための方法はどうかなどを教えることなどできない。

「教えることなどできない」と自ら言い放つものを、「研修」を通じて「教える」事を生業としているのだから、頭が下がる。

キング・カズの言葉は、彼が「教わる」側で、でも教わることなく何とかあがこうとしているからこそ力を持つ。
「教える」側が教わる側を評して「教えられすぎ」と言うのは、滑稽でしか無いのだが、「教えすぎる」人というのは、こうした不満を持つものなのだろう。

そもそも、ハウツーの要求が多いというのは「仕事観やマインドなんて教えられるまでもない。そんなくだらない事を滔々と教えるぐらいなら、きちんと技術論で語ってくれ」という事ではないのだろうか。必要なのはマインドを現実に落としこむ技術論であって「自分が教えるのはマインドで、それを実現する方法は各自がもがいて見出さなければならない」なんていうのは、現実に悩んでいる人間には寝言のようにしか聞こえないだろう。

メジャーリーグのコーチが教えるのは「技術やメンタルを改善するためのヒント」って、まさにテクニカルな話で、マインドなんてどこにもないではないか。確かにそれが正しい。この方の研修は真逆だ。
(受けたことはないので、本当は違うかもしれないが、少なくとも文面から読み取れるのはそうだ。)

方法論を問われて的確に答えられないコーチは、精神論を振りかざす体罰指導者と同じで、単なる役立たずだ。

マインドアップ系の研修って、どうも受けてもピンとこない事が多かったのだが、なんとなく理由が分かった気がしたのだった。人材育成担当者は、技術や方法論をきちんと語れる講師を選んだほうが良い。必要なのは「現実を変えられないマインド」ではなく「現実を変える技術」なんだから。

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