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2013年9月24日 (火)

音源からの再現と楽譜からの再現

春の祭典の練習が始まった。まだ感じがつかめない。まぁそう簡単につかめれば苦労はしないのだが。

こうした曲で難しいのは、多少なりとも各人の中に「聞いた記憶」が残っているため、リズムの取り方にそうした音源の影響が出てしまう事があるからだ。ほとんど聞いたことのない曲に楽譜だけで取り組む場合はそうした問題は起こりにくいが、有名な曲にはそうした事がつきまとう。

変拍子などを使わない曲においてもそうした傾向は出るのだから、これがややこしい拍子を持つ曲だったりすると大変な事になる。ただでさえ変拍子の曲はリズムを共有するのが難しいのに、そこに複数の音源の影響が入り混じる。

とはいえ、問題はその先で、そこで「何となくあってしまう」事が実は結構リスキーな所だったりする。一旦楽譜に立ち戻って組み上げる必要がある所を、何となく仮組みで上手くいったからそのまま・・・みたいな感じだろうか。そもそもが、音源の感覚に頼っている間は音楽としては仮組みなのだ。それが不要とは言わないが、ある程度慣れた所で、一旦リセットして楽譜から本組みするという作業を経ないと、音楽として完成したとは言えないだろう(演奏としての上手い下手はともかく)。

もっとも、そうしたリスクは春の祭典のような曲よりも、府中の運命や上野の森のブラ4の方がむしろ顕著に出るだろう。正直、運命にはそうしたリスクを感じなくもない。自分の中にも、楽譜からではなく音源から再現している部分が確かにある。

単なる練習不足といえばそれまでだし、それを補う上で音源からの再生は否定できるものではないのだが・・・。

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