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2013年10月 3日 (木)

考えを発信する逃避行為

今日は珍しく同日内で連投。というか、朝の続きのような感じだろうか。

仕事について考えた事をブログに書く、あるいは発信するというのは、自分の中でその考えを整理し、まとめる上では結構重要な役割を担っていたような気がする。気がする、というのは、今はそうはしていないからだ。流石に雑多に考えた事を素のままに社外に発信してしまうのはリスク云々を通り越して単なるバカだろう。
(今も時々書くことはあるが、ここで言っているのはそんな大人しい内容ではない。)

そもそも「考えを書く」というのは、独白のような行為だ。発信というのは相手あってのことだから、本来は「考え」の段階ではなく、それを整理し伝える意図をもって行わなければならない。そういった意味では、昔自分がやっていたことは、発信というよりは思考の垂れ流しである。今でも自分のブログのスタンスにはそうした所があって、読者は意識しているのだが、気にしてはいない。

きちんと意図として伝える段階では、ブログに書いていたことと全く異なるといった事も・・・時にはある(ほとんどないのは、元々自分にはブログで本音、他で建前のような切り分けができないからだろう)。そもそも昨日と今日とで違うこともある。

人の思考なんてそんなものだ。書き始めの意図と結論が違うことも少なくない。

だが、そうした行ったり来たりを曲がりなりにも文章化していく事で、考えが整理されていくのだ。ちなみに昔はブログで書き散らすようなスタイルをとっていたのを、今は紙に書きなぐるスタイルになっている。多い時は月に40枚ぐらいは書くこともあるから、それなりに文章化はしているわけだ。もっとも、所詮は手書きだから文章の量としては少ないし、長文ではなく短文スタイルなのだが・・・。

で、そんなことを考えながらこんなことを書いているのは、昨日の同期の言葉で昔のような事を復活させようかなんて事を頭の片隅で考えてしまうからだ。実際そうした欲求は常にあったのだろう。

とはいえ(と、物欲同様ここから鎮めにかかるが)現実問題としては、そんな余裕はない。少なくとも会社にいる間にそんな事をする時間はないし、そもそもジャンルが昔とは違う。その発信が他人にインパクトを与えることができたのは、そのジャンル自体が社内にとってはほとんど未知の領域で、言ってみれば何を考えても目新しさと刺激を与える事が出来たからだ。
(ちなみに昔は時間があったということではなく、そもそもそれも仕事の一部のような位置づけでやっていたのだ。)

今の担当分野はそうではない。恐らく現実には昔と同じぐらい社内では未知の領域ではあるのだが、多くの人は実際にはそうは思っていないだろう。そういう「微妙な」ジャンルだ。そしてもちろん自分の考えの方が正しいとも限らない(というか、正しい考えを発信するといった意図はそもそもない訳だが、立場的にはそんなことも許されにくい)。

さらに問題もある。昔も指摘されたことだが、雑多な考えでも「発信する」という行為が伴っていると、なんとなく「仕事をした」「報告をした」という充足感を感じてしまいやすい。もちろん、ただダラダラと考えた事を発信したって、仕事が進む訳ではない。だが当時はそうした逃避的な状況が時々発生していたのは確かだ。

ああこんなに出来ない理由を並べ立てる必要があるのは、それだけそうしたいということなんだろう。多分に逃避的に。あな恐ろしや・・・。

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