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2013年10月 9日 (水)

シンプルな曲の難しさ

昨日の上野の森の練習後の飲み会で、指揮者がこんな事を口にした。

「(ベートーヴェンの)交響曲が(今回の中では)一番難しい。むき出しになるから。」

今回の上野の森のプログラムは、ベートーヴェンのレオノーレ3番、交響曲1番、ブラームスの交響曲4番だが、そんな曲同士の比較はさておき、「むき出しになる難しさ」とはどういうことだろうかとふと考えてしまった。

古典の曲、シンプルな曲をやる時には、こうした話題がつきまとう。「ごまかせないから難しい」とか言ったりする訳だが、プロの音楽家はともかく、素人的にそれはどの程度実感されているのだろうか。わかったふりをして頷いているだけではないか。

少なくとも、自分はその難しさを言語化できないし、恐らく実感もしていない。論理的に説明し実証できないのであれば、それは単なる放談にすぎない。

もちろん、プロの音楽家は違うだろう。あの人たちはそもそも音の聞こえ方からして違うと個人的には思っている。アマチュアにもそうした人はいるだろうが、恐らく稀だ。もっとも稀なのはそうした音の聞き方ができない自分の方かもしれないけれども。

さて、あくまで想像だが、「むき出しになる」「ごまかしがきかない」とは恐らくこういうことだ。
こうした曲では和音の構成や進行がシンプルなため、その響きの乱れが誰にでも簡単に分かってしまう。分かってしまうからこそ、高い精度が要求される・・・。

でも冷静に考えると、この捉え方は結構失礼な要素を含んでいる。

まずプロであれば、複雑な和音の構成や進行であっても、その乱れは分かってしまうだろう。そもそも「シンプルだから」高い精度が必要なわけではなく、複雑だからこそ高い精度が要求されるという考え方もあるはずだ。そのように考えると、これらの言葉は「普通の人の場合、複雑なのは聞いても分からないでしょ」という前提に基づいている事になる。

一方、演奏側から捉えた場合、シンプルであるというのは、それだけに集中できるという事でもある。演奏側が素人である場合、複雑なのはとても理解が及ばないが、それがシンプルであれば何とか理解できて実現できる可能性もあるだろう。

あるいは、誰にも分かってしまうからこそ手が抜けないといった事もあるかもしれない。しかしこれまた失礼な話だ。シンプルだろうが複雑だろうが手を抜くというのは別次元の話だろう。

もちろん、ミスが分かりやすいといった要素はある訳だが、先述のようにどのみちプロには分かる。素人であっても自身には分かるだろう。であればミスの発生率が高いのはむしろ複雑な方だろうから、シンプルな方が難しいというのはあたらない。

そんな訳で、シンプルな曲を難しいというのは、本当にそう思っているのだろうか、そう思っているのだとしたら実はそれは結構失礼な事なのではないか、などと思ったのだった。
実際のところ、「難しい」という人たちには、そうした曲はどのように聴こえているのだろうか。

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