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2013年11月 6日 (水)

ブルックナーの難しさ

月曜日に多摩管弦楽団のブルックナーを聴いてきたのでその感想など。上野の森の飲み会でも少し話題になったので、メモとして残しておく。

率直な感想としては、そうか、ブルックナーは聴く立場だとこのように聴こえるのか、という感じだろうか。4番、7番、8番と演奏した事はあるが、聴く立場になるのは初めてなので、その感覚はある種新鮮だった。

多摩管弦楽団の名誉のために書いておくと、下手だったという事ではない。
(しかし話している最中に「決して褒めないね」とは言われた。)
実際前プロの軽騎兵序曲、中プロのメンデルスゾーンの演奏はしっかりしていたと思うし、ブルックナーもしっかりしているのだろうと思いながら臨んだ。

その期待を裏切られた・・・というのとは少し違うだろう。個人的にアマオケを聴きに行く理由は、自分が演奏する上での参考点が分かりやすい、露骨に言うなら「アラが目立ちやすい」からだ。それを頭の中で補整する時に、恐らく自分(達)も抱えているであろう課題が明らかになる。そういった意味では、そつない演奏の方が期待を裏切られた感じになったりする。

閑話休題。重ねていうが、オケの技量として問題があったとは(あえていうならホルン以外は)思わない。むしろその技量をもって明らかになった課題と考えても良いだろう。

ブルックナーの音楽はオルガン的な響きを特徴としている。
ではオルガン的な響きとは何だろうか。オルガン的な響きをオーケストラで奏でる上でのポイントは?

鍵盤楽器であるオルガンは、音の切り替わりが実ははっきりしている。あれだけ大量の音を重ねても、どこか芯のハッキリした音楽になるのは、おそらくそのせいだろう。加えて音色自体は共通で、音階上のどの音であっても同じ響きを実現する事ができる。

これをオケで実現するのが難しい。特にアマチュアはそうだろう。

まず縦のラインが合わない。多少合わなくたって気にならない音楽もあるが、少なくともブルックナーらしい(オルガンらしい)響きを出そうと思ったら、それは致命的な問題だ。鍵盤を押すことで発音される音のキレを、複数の楽器の集合体である弦のパートで揃えるのは、様々なレベルのプレイヤーが混在するアマオケでは至難に近い。

加えてその上で音色や響きを揃えなければならない。A線とD線で移弦すれば音色が変わる、なんて言い訳はブルックナーには通用しない。異なる弦を弾くパート同士の違いも許さない。弦の違い、楽器の違い、弾き方の違いを最小限におさえた先に「オルガンらしい響き」はある。さらに時には管楽器と弦楽器の違いさえ乗り越えなければならない。違いを生かすような箇所もあるが、違いを殺さなければならない箇所もあるのだ。

その上で(まだある)プレイヤーには全体の響きを理解した上でバランスをとっていく事が要求される。プロでは当たり前で、アマチュアでも上級になればできることだが、これまた難度の高い取り組みだ。ほぼ常に和声での響きを要求されるので、旋律だって好きに弾くことは許されない。

そもそもこの人は、旋律にそれを生かす和声をつけたのではなく、和声にそれを生かす旋律を加えたのではないか、という気がしなくもない。曲中頻繁に旋律や調子が変わったりするのは、旋律の流れを重視しているのではなく、和声の変化を重視していて、旋律はおまけだからではないかと思えるのだ。

アマチュアの弦楽器プレイヤーは、旋律や歌が好きな人が多いので、これまたあいにくい。むしろ要求されるのは、そのブロックに求められる和声の理解と、それを生かす旋律を奏でる事なのだが、これはかなりのパラダイムシフトだったりする。

何しろ自分の旋律に伴奏をつけてもらうことに慣れていたところに、伴奏のために旋律を弾くことを要求されているようなものなのだから。

そんな訳で、次にブルックナーを演奏することになったら、さてどうしよう・・・みたいな課題感を満載に感じてしまった演奏会だったのだった。

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