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2013年12月12日 (木)

独りになるメディア

哲学者の鷲田清一氏が、今日の日本経済新聞の「かたちのレビュー」というコラムでウォークマンを取り上げていた。印象に残った言葉を書き出してみる。

(マクルーハンのいう)「クール」なメディア、つまり、受け手の参与の度合いが高いものとして。
人から送信されてくる情報がひとを吸引する力は、音楽の比ではない。以後、携帯機器は、独りになるための装置から独りになれない装置へと裏返ってしまった。

最初の一つは、ラジオとウォークマンとの違いに触れたものだ。ラジオが受信するだけなのに対して、ウォークマンは自ら編集し、好きな時に聴く事ができるというのは、確かにクールだろう。同じ時間に同じ放送を聞くというラジオの視聴スタイルと異なり、携帯音楽プレーヤーの世界は基本的に「独り」のものだ。

おもしろいのは、それが携帯電話やスマートフォンと一体化していく中で起こった変化だ。それが二つ目になる。SNS疲れに代表されるように、携帯機器は「独りになる」ためのものから、世界中とつながり「独りになれない(ならない)」装置になってしまった。

もっとも、ラジオとウォークマンが本質的に異なっていたように、携帯音楽プレーヤーと携帯情報端末も、たまたま携帯性が共通しているだけで、本質的には異なるものだろう。少なくとも、音楽を聴くという場面は、人とつながるという場面と必ずしもバッティングしない。

携帯端末を軸にした場合には「ラジオ」「ウォークマン」「スマートフォン」はそれぞれ大きなパラダイムシフトを経ているかもしれないが、音楽を聴く事を軸に考えた場合には「ラジオ」「ウォークマン」ほどのパラダイムシフトが「ウォークマン」「スマートフォン」の間にあったようには思えないからだ。

そう言った意味では、ニコニコ動画に代表されるように「互いの感想をシェアすることでつながる」映像の世界の方が、大きなパラダイムシフトを迎えているのだろう。それ自体携帯端末で行われるのであれば、その方が携帯端末にとっては大きな変化だ。(もっともそれではウォークマンとのつながりがなくなってしまうので、コラムの主題とは関係ないが。)

結論を考える時間がなくなってしまった・・・。

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