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2014年1月16日 (木)

CSRにおける統合報告の役割

昨日は久しぶりにCSRに関する勉強会に参加し、大体いつものように帰り道にTweetをしたのだが、やや眠かったのとあまり時間がなかったので、中途半端な感じで終わってしまった。

さて、帰るまでの時間で今日(主に飲み会で)口走ったと思われる発言を振り返っておく事にする。
送信 1月15日 23:41 From HootSuite

CSRレポートは企業が作成して社会に問うものではなく、社会が作成して企業に問うものではないか、という話。それが何であれレポートの目的というのが読み手にアクションを起こさせるためのものであれば、企業がアクションを起こすためのレポートを企業自身が書いても仕方が無い。
送信 1月15日 23:44 From HootSuite

統合報告はCSRが本来持つべきだった機能を損なう流れという話。企業の活動や意思決定に影響を及ぼすステークホルダーとして明確なのは株主。その他及ぼしうるのが労働者、消費者。第四のステークホルダーとして名乗りを上げたのが社会、もしくは市民と考え、そのアプローチがCSRだとする。
送信 1月15日 23:48 From HootSuite

その場合、統合報告というのは、結局株主の力に頼るという事に他ならない。市民としては、影響力を及ぼす機会を失ったという事になる。
送信 1月15日 23:50 From HootSuite

例えば異なるアプローチとしては、株主投資家に「市民としての」行動原理を埋め込むという方法もある。その場合、企業として直接的なステークホルダーとしての市民はある程度考えなくて良い。
送信 1月15日 23:55 From HootSuite

昨日の段階では以上だが、多少付け加えるなら、市民を投資家として育成することができれば(市民というのは労働者であり消費者であると同様に投資家にもなりうる)、第4勢力的な事は考えなくても、市民としての意思を企業の意思決定に及ぼすことができるようになるということだ。

これらはCSRをガバナンス的に捉えて、組織の意思決定への影響力という視点から考えたものだが、当然ながらこうした考え方は大組織にしか適用されない。大小というよりも、組織としての意思決定が個人に帰属している組織においては、捉え方が異なってくるだろう。そうした組織におけるCSRはまた別の視点で捉える必要があるかもしれない。

少なくとも株主というステークホルダーを持つ組織と持たない組織とでは、その行動の原理原則は大きく異なるだろう。CSRという概念は本来、企業ではなく株主(個人ではなく仕組みとしての株主)に対するカウンターパートとして登場したように自分には感じられる。

ただ、そのように考えるのであれば、統合報告のように株主への直接的アプローチを行うようになるというのは、それはそれで成功であり一つのゴールと捉えることもできる。だったらまぁそれはそれで良いのかな・・・。

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