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2014年1月31日 (金)

準備の楽しさ

ここしばらく日本経済新聞の「私の履歴書」に注目していたのは、指揮者の小沢征爾氏が執筆されていたからなのだが、最終回の今日は個人的にとてもインパクトがあった。

こんな一節があったからだ。

時間がある分、事前の勉強にもじっくり取り組めている。毎日1時間半くらいかけて、4小節や8小節ずつ勉強する。終わりに近づくと名残惜しくて「明日も同じところをやろうかな」と思う。本当に楽しい。自分で言うのも変だけど、それだけ時間をかけて準備すると耳の精度が上がる気がする。

4小節8小節に、自分はそれだけ時間をかけられるだろうか。もちろん「時間がある」からということもあるのだろうが、では時間があれば自分にできるだろうか。

指揮者だからというのはあたらない。本来はプレイヤーであっても、スコアを見てどのような音楽を奏でようとしているのか把握しておくのは基本中の基本だ。いやできていないけれども。そもそも今年最初の頃にそうした勉強していきたいと書いておきながら、その後スコアを開く時間は持てていないという体たらく。

あるいはプレイヤーとしても1時間半かけて4小節8小節を練習していけば、大抵は弾けるようになるのではないだろうか。実際に弾くだけでなく、構造を理解する事も含めてかなりのことができるはずだ。

でも時間がない・・・というのは問題ではない。小沢氏はそれを「楽しい」と書いている。時間があるからやることではなく、楽しいからやることなのだ。準備も含めて音楽の楽しさ、いやあるいは、こうした準備こそが音楽の本当の楽しさなのかもしれない。その積み重ねが、結果としてステージ上に結実するのだろう。

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2014年1月30日 (木)

Noという意思決定

昨日は何もなく帰ったのだが、朝感じたように意外と「予定がない」。時間的には平河町ライブラリーに行けたと思うが、まっすぐ帰ったことにより特に何をするでもなく終わってしまった。

そんな訳で、今日は平河町ライブラリーに行く準備をしている。結局のところ、毎日行くようなつもりで、行けない時は諦めるぐらいでないと、ズルズルと流されてしまうのかもしれない。

頻度を上げていくと、「ああそういえばこれをしばらくやっていなかった」「これもやっていなかった」といった事が結構浮かび上がってくる。結局何もしないで過ごしたということは、そこでできなかった何かを先送りにしたということでもあるのだ。

先送りといえば、昨日こんな会話になった。

・意思決定を迫る時には、AかBかではなく、YesかNoかで出せるように持っていく
・その時のYesというのは今実行、Noは先送りで、決して「やる」「やらない」ではない

他者に話した事ではあるのだが、これはむしろ自身への戒めでもある。AかBかという投げかけは、決められない事があるし、Cという新たな選択肢が生まれてしまう事もある。それはそれで何かを生み出したい様な時は良いとも思うのだが、意思決定はそうではない形に落とし込んだ方が良い。

YesかNoかというのは、決めないのもまたNoだという事でひとまず結論が出る。結論が出れば、アクションに繋がる。Noというのは、ようするにしばらくはほおっておいて他のことをやれということだろう。それでしばらくしたら、また形をかえて問えば良い。

決める、というと、ついついYesの事ばかり考えてしまうのだが、Noだって決めることなのだ。このように考えれば、どちらでも行動につながるような問い方をする事も考えられるようになるだろう。

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2014年1月29日 (水)

オーケストラの優先度

昨日は上野の森交響楽団の練習があったのだが、仕事で夕方の外出が予定されていたため、流石に会社には楽器を持っていけても外出先までは持って行けないという事でお休みした。なるべく仕事の影響は及ばないように心掛けてはいるのだが、流石に最優先という訳にはいかない。

アマチュアのオーケストラプレイヤーにとって、その辺りの優先度がどこまで高いかは人によって異なるだろう。とはいえ、低いからといってどうでも良い訳ではなく、参加する以上はそれなりの優先度はある筈で、例えばパートリーダーとしては、その優先度をどうやってあげるのかというのは、一つ頭を悩ませる問題だったりする。

自分自身ですら最優先とは言えない事を、どこまで相手に求めるかという問題でもあるからだ。

個人的にその辺りで「モチベーションを高めて」みたいな発想がない。突き放すようだが、周囲にその気にさせられて出席するというのは何か違うような気がするからだ。オケとの向き合い方は人それぞれで、それは個々の問題だ。

ただ、オケとしてプレイヤーとの向き合い方というのは、もう少しポリシーがあっても良いのかもしれない。アマオケなら弾くだけでなく何らかの役割を担うとか、きちんと出席するとか、そうした事ができないのであれば・・・といった具合だ。

もっともそんなことを言えるのは、人に困っていないからと考えることもできる。そういった事は差し置いても、何はともあれ入団して欲しいといった状況になる場合はあるだろう。その辺りが難しい。


さて、昨日はそんな訳で練習ではなく、平河町ライブラリーに行ってきた。2日連続というのは久しぶりだが、今日になってふと気づいたのは、では平河町ライブラリーに行かなかったら何をしていたのだろうかという点で、もしかして自分は夜の過ごし方というのをあまり持っていないのではないかという事だ。特に10月以降、ダラダラと(いやそれはそれで必要なのだが)過ごすだけの日々を自覚なく続けていたのではないだろうか。

そう考えると、今日も明日も明後日も特に予定がない。もちろん時間を過ごすという意味では何かをする訳だが、結構この時間はもう少し活かしようがあるのではないだろうか。いや仕事しろよ仕事。

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2014年1月28日 (火)

平河町ライブラリーの月曜日

昨日は平河町ライブラリーで、オケ関係の書類の整理をした。原本がファイルであるものは廃棄し、ないものは片端からスキャン。それでも、家にはまだ未整理のものが残っている。

結局その都度整理をしておかないとそうなるということだ。オケ関係のやりとりは紙(か口頭)を中心にせざるを得ないため、ある程度はやむを得ないが、仕事ほど記録が重要な訳ではなく、そのまま保存しておく必要のあるものは決して多くない。

いずれにせよ、もろもろ電子化は進めよう。evernoteもプレミアム会員だし、Dropboxも有料アカウントに変更したのだが、みあった活用ができているとは思えない。といって無料会員ではちょっと足りない。そんな境界線上で使用している感じがある。

平河町ライブラリーでやることについても、かかるコストに見合う状態とはとても言えないのだが、とはいえこうした整理を他で出来るかといえばそうではなく、結局こうしたところだからやるということもある。もっとも、2月からは少しやることが生まれそうな感じではあるのだが。

とりあえず、月曜日に平河町ライブラリーに行くことをある程度習慣化するのは悪くない気がする。
本来はそこでパートへのフィードバックなどもできれば良いのだが、昨日はそこまでできなかった。持ち込んだ整理書類が多すぎたからだが、それは徐々に減っていく訳で、少しづつ適正化していくしかないだろう。

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2014年1月27日 (月)

オーケストラの楽しさ

週末の練習で指揮者がこんなことを口にした。

「指揮者の棒は謎かけなんです。」

謎かけだったか、問いかけだったか、表現はハッキリ思い出せないのだが、趣旨としては「その謎かけに対してあなた達オーケストラはどのような答えを出すのか」という感じだっただろうか。

その答えが指揮者と一致すれば「良い音楽」なのか。
それともその答えが指揮者の期待を上回れば「良い音楽」なのか。

その辺りは分からないが、楽譜という作曲者の問い、棒という指揮者の問いにどう答え応えるかが、オーケストラには求められているということなのだろう。そのためにはもちろん、指揮者に任せ、言われたとおりに演りますという姿勢ではダメということになる。

同じく週末の別の練習でトレーナーがこんなことを口にした。

「アンサンブルを整えるのはオーケストラ側の責任です。」

似たような事は別のトレーナーにも言われたことがあるが、この話を先の「謎かけ」に重ねるなら、指揮者はきっかけを作るだけで、そこから音楽を奏でるのはオーケストラの役割ということだ。

実際のところ、指揮者が何をしようと、プレイヤーが演奏しなければ、オーケストラの音楽は成り立たない。

ふと思い出したのは、少し前にネットで見かけた「指揮者の凄さがわからん・・・適当にそれっぽく指揮棒振ってりゃよさそうなんだが」というスレッドだ。

実際のプレイヤーからするとまったくそんなことは無いのだが、究極にはオーケストラだけで音楽を作り上げる事は不可能ではないとも思うのは、そうした謎かけをプレイヤー間で共有し、対する答えを導くことができれば、確かに不要だろうとも思うからだ。

だが、その謎かけは、人の数だけ存在する。100人のプレイヤー全てがそれを思い思いに主張したら、アンサンブルは崩壊する。答えが複数存在しても、アンサンブルは崩壊する。
(もっとも、答えについては、微妙にずれる中で、それが結果として面白い演奏につながるという事はあるかもしれない。)

そしてまた別の練習で指揮者がこんなことを口にした。

「変拍子を理解して出来るようになった、曲も何とか通るようになった。そういう段階はもう終わり。ここからはその先でどのような表現するかを作っていく。」

ま、本来はそこからが指揮者の役割の訳だが、アマチュアというのはなかなかそうはままならないものではある。とはいえ、そうしたステージになれば、よりいっそう音楽の楽しみが広がるのは確かだろう。


そんな訳で、この週末は3つの団体の練習が重なった上に、スキーまで楽しんだのだった。
ああ、こうして日常生活が崩壊していく・・・。

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2014年1月24日 (金)

雑感

このところ眼鏡の使用頻度が上がっているのは、1Dayの残りが少なくなったにも関わらずしばらく買いにいける時間がないという理由によるのだが、iPadでスケジュールを確認していたら今週末の日曜日の午後が空いていて、あれっと思ってiPhoneで確認したら予定が入っていた。

オンライン(Google)でスケジュール管理をしているのは、そうした事が無い様にする為なのに、これでは困る。変なのは、昨日入れた予定はどちらにも反映されているので、ある時点から反映がされていない、ということではない点だ。

まぁそれはさておき日曜日の午後は埋まっているので、やはりしばらく機会がない。オケの練習などは(眼鏡では楽譜を読むには少し弱いため)コンタクトにせざるを得ないので、仕事日を中心に眼鏡という事になる。買いにいける機会がありそうなのは来週の日曜日で、残りのコンタクトはあと6組だ。練習は・・・5日あるな(笑)今日は来客もあるのでコンタクトにしたのだが、いよいよ後がなくなってきた。

何というか、その辺りの日常生活も、やや回らなくなってきている気がしなくもない。理由は仕事の忙しさではなくて、休日の予定を詰め込みすぎだからだ。冬場はただでさえスキーがあるのに、オケ関係の本番が2月は2回、3月に1回で、その分の練習が増える。時間管理云々の問題ではなく、物理的に予定が多い。厳密にいえば、それらはこなせるようにスケジュールは組むのだが、そのしわ寄せが日常生活の細々した所に出る。

そんな状態にも関わらず、明日は上野の森の合宿があるのだが、あわよくばその集合時間前にスキーをと考えたりもする。そこまでガツガツしなくても・・・と思いつつ、実は結構機会が少ないので、できることならしたい。例えばその時間は、コンタクトを買うには難しい空き時間なのだ。

まぁ明日の事は今日の夜にでも考える事にしよう。実際楽器を積んだままスキー場の駐車場に車を放置できるかといえば、それはそれで不安もある。ただ、何をするにも少々中途半端な時間であることは確かだ。

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2014年1月23日 (木)

ルーチンな日々

今朝はあまり時間がない・・・ので、電車内で一部原稿を書いてきた。iPhoneとiPadに入れているDraftPadはiCloud経由で同期されるのでこんな時は都合が良い。

時間がない、というか、毎日同じリズムで行動するのが難しくなってきている。基本としたいリズムというのはあって、それは今日のように7時の開店直後にスターバックスに入れるような通勤時間なのだが、楽器を持っているとその時間帯の電車は混み合って少々辛い。

あるいは朝から何かの準備があれば、その時間にはこだわらない方が朝の時間を長く使えるようになる。その辺りを「いつものリズム」にこだわっているとスケジュールが組み立てられなくなってしまうのだ。

そしてそうした事は前日寝る前に決めておく必要がある。起床時間に関わってくるからだ。常に早い方にあわせるという考え方もあるが、それで家を出るまでぼーっとしているぐらいなら少しでも睡眠時間を確保した方が良い。実際慢性的な睡眠不足状態ではあるのだ。

今日の場合は、その前日の設定をしくじったので「時間がない」となる。早いシフトにしていればもう少し余裕があっただろう。

正直なところ、これまでもそうした日による違いがある事は自覚しつつ、「いつものリズム」にこだわっていた面があるのは否めない。今後はもっと能動的に、日々違う程度の感覚で毎日を組み立てていく必要があるのかもしれない。

夜の時間の使い方も同様で、思いついたから平河町ライブラリーに行く、なんていう予定の決め方では時間も移動費も勿体無いという事になる。いかに計画的に予定を組み立て、その準備をしていくかという事が、重要だということだ。

いずれにせよ、あまり考えずにいつも通りに行動する「ルーチンな日々」を目指すのではなく、日々変化をしかけていくようなマインドセットに組み直す必要があるのは間違いない。

今頃気付くなよ・・・という話ではあるかもしれないが。

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2014年1月22日 (水)

GTDを考える

まず、マスターInBoxに情報を集める(アサインされたタスクや思いついた事など)。

InBoxに集められた情報を以下の尺度で振り分ける。
・特に行動を起こす必要がない ⇒ 保管用に整理するか、廃棄する
・行動を起こすべきタスクがある ⇒ プロジェクトノートを作成する

プロジェクトノートにはまず以下までを記載する。
・行動のゴール(期日、成果物)
・次にとるべき行動(自分の手を動かす物理的な行動)

その上で、(そのタスクについて考えることを)一旦忘れる。その時にやることに集中するため、情報の振り分けが終わってから、それぞれのプロジェクトノートを読み返し、行動に着手するようにする。(次にとるべき行動を書いておくのはそのため。)

プロジェクトノートのゴールを達成したら、保管用に整理する。

【プロジェクトノートを整理する】
プロジェクトノートが増えてきたら、進捗状況や優先度を把握するため分類・整理を行う。
(基本的には日次、週次で定期的に行う事で、都度の時間を短縮できるようになる。)

進捗状況を把握するためには、状態で分類する。
・着手中・・・自分がやらなければ進まない
・返事待ち・・・誰かに投げてリターン待ち
・時期待ち・・・スタートの時期が決まっている
・いつかやる・・・時期などは特にない
など。現在自分が着手すべきプロジェクトは何かを明確にする。

分類は形にはこだわらず、自分のやりやすいようにする。が、何を把握するための分類で、それが行動につながるかは明確にする。

着手中のプロジェクトが増えて手をつけるべきタスクが分からなくなってきたら、優先度が分かるように分類を細分化する。
・緊急かつ影響が大きい・・・直近で行う事として処理日毎に分類する
・緊急ではないが影響が大きい
・緊急だが影響は小さい
・緊急ではなく影響も小さい

処理日ごとの分類については、曜日単位として着手日毎に分類する。行動に結びつけることが目的なので、締切で分類してもアクションにつながらない。締切はプロジェクトノートのタイトルにいれておいた方が良い。

こうした分類により、「今日やること」「明日やること」「今週やること」などが明確になる。

【メンテナンス】
日次のレビューでは以下のような事を行う。
・InBoxのチェックとプロジェクトノートの作成
・今日行ったタスクのプロジェクトノートのチェック(やるべき事の追記と分類の振り分け)
・返事待ちなどのプロジェクトノートのチェック(次にとるべきアクションが生まれているか)
・その他必要であれば明日以降やることについてのプロジェクトノートのチェック

週次のレビューでは以下のような事を行う。
・時期待ちとなっているプロジェクトノートのチェック(来週着手すべきか)
・いつかやるになっているプロジェクトノートのチェック(まだ先送りするか)
・プロジェクトノートの分類の見直し(作業量の割り振りが妥当かなど)

ちょっと整理してみた。

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2014年1月20日 (月)

朝の時間

今日は早い時間に家を出たのだが、iPadではなくMacBook Airを持ちだしてしまったので、Wi-Fi環境がない。そこで初めてXPERIAのテザリングを使用してみた。思ったより簡単で助かる。

早い時間に出たのは、朝の時間をじっくり使うにはそれしかないからだ。普段の時間だとブログを書くのが精一杯になるが、今日の時間だと本を読んだりといったこともできるようになる。元々の目的には週末に出来なかった仕事を少しでも進めたかったからだが、そうしたこともできるようになる。

しかしそのためには、当たり前だがブログを書くのを最低限で切り上げなければならない。

という訳で今日はここまでとする。まぁ夜は平河町ライブラリーに行く予定なので、そこで何かをするかもしれない。


余談だが、この時間のマクドナルド(入店は7時前)が想像以上に混み合っていて少々驚いた。
この近辺には確かに他に店がないのだが、こういう人たちは思った以上にいるのだろう。

ちなみに渋谷だと夜明かし客などもちらほら見かけるのだが、さすがにそれはなさそう。

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2014年1月17日 (金)

自分の役割

自分の仕事の役割や目的について自問自答するというのは、ある意味幼稚というか、今頃かよという気もするのだが、どうにもその辺りは人と話すほどにぶれやすい気もする。最終的には、自身がどう考える以上に、周囲がどう考えているかだろうとも思うからだ。

もちろんそこで素直に周囲の視点に従う必要はなくて、無視はしないにしても自分には自分としての考えや想いがあっても良いのだろう。その一方で組織の歯車としてどう噛み合せていくかという問題もあり、結局自分のポジションはどうあるべきなのかという問いに戻ってしまう。

現状を自己分析するのであれば、自分には想いが足りない。それはつまるところ受動的であるということだ。取組むテーマに対して、どこか引いているというか、距離を置いている感じは否めない。自覚があるということは、周囲からはなおのことそのように見えるだろう。

自分の役割とポジションは、特定のブランドについて何かをするというよりも、会社の行動原理の中にブランドに対する意識を埋め込んでいく事にある。ただ、それはかなり漠然とした概念的な話で、実際の行動には表しにくい。実際には自分自身が個々のブランドに対してどれだけの想いを込めて行動できるかによって、周囲を巻き込んでいけるかが決まると考える必要がある。

必要がある、という書き方をしてしまうのは、理屈としては理解していても、行動に結びつけるほど腑に落ちていないということだ。まずはその部分で自分自身を腹落ちさせなければならない。その部分が、何というか、苦しい。

ま、腹落ちしていなくても、必要ならやるというのも考え方の一つだが、そういうのは簡単に見透かされてしまう。結局のところ、どれだけ自分から想いを引き出せるかというのが肝で、しかもそれは心底そう想うもので、しかも周囲の期待に沿うものでなければならないということだろう。

・・・こんなことばかり考えているから進まないんだよ。

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2014年1月16日 (木)

CSRにおける統合報告の役割

昨日は久しぶりにCSRに関する勉強会に参加し、大体いつものように帰り道にTweetをしたのだが、やや眠かったのとあまり時間がなかったので、中途半端な感じで終わってしまった。

さて、帰るまでの時間で今日(主に飲み会で)口走ったと思われる発言を振り返っておく事にする。
送信 1月15日 23:41 From HootSuite

CSRレポートは企業が作成して社会に問うものではなく、社会が作成して企業に問うものではないか、という話。それが何であれレポートの目的というのが読み手にアクションを起こさせるためのものであれば、企業がアクションを起こすためのレポートを企業自身が書いても仕方が無い。
送信 1月15日 23:44 From HootSuite

統合報告はCSRが本来持つべきだった機能を損なう流れという話。企業の活動や意思決定に影響を及ぼすステークホルダーとして明確なのは株主。その他及ぼしうるのが労働者、消費者。第四のステークホルダーとして名乗りを上げたのが社会、もしくは市民と考え、そのアプローチがCSRだとする。
送信 1月15日 23:48 From HootSuite

その場合、統合報告というのは、結局株主の力に頼るという事に他ならない。市民としては、影響力を及ぼす機会を失ったという事になる。
送信 1月15日 23:50 From HootSuite

例えば異なるアプローチとしては、株主投資家に「市民としての」行動原理を埋め込むという方法もある。その場合、企業として直接的なステークホルダーとしての市民はある程度考えなくて良い。
送信 1月15日 23:55 From HootSuite

昨日の段階では以上だが、多少付け加えるなら、市民を投資家として育成することができれば(市民というのは労働者であり消費者であると同様に投資家にもなりうる)、第4勢力的な事は考えなくても、市民としての意思を企業の意思決定に及ぼすことができるようになるということだ。

これらはCSRをガバナンス的に捉えて、組織の意思決定への影響力という視点から考えたものだが、当然ながらこうした考え方は大組織にしか適用されない。大小というよりも、組織としての意思決定が個人に帰属している組織においては、捉え方が異なってくるだろう。そうした組織におけるCSRはまた別の視点で捉える必要があるかもしれない。

少なくとも株主というステークホルダーを持つ組織と持たない組織とでは、その行動の原理原則は大きく異なるだろう。CSRという概念は本来、企業ではなく株主(個人ではなく仕組みとしての株主)に対するカウンターパートとして登場したように自分には感じられる。

ただ、そのように考えるのであれば、統合報告のように株主への直接的アプローチを行うようになるというのは、それはそれで成功であり一つのゴールと捉えることもできる。だったらまぁそれはそれで良いのかな・・・。

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2014年1月15日 (水)

追加練習

今日はあまり時間がないので手短に(済ませたい)。

昨日の練習は、楽器はそれなりに鳴ったのだが、後半目が霞んでしまった。楽譜が見えなくても弾けるほどの練度ではないので、当てずっぽうに弾いてしまい、楽器が鳴る分だけ周囲にノイズをまき散らす。毎回何らかの形で楽譜が見えにくくなっているので、その辺りは何かケアを考えなければならないだろう。(ま、目薬ぐらいしか対応策はないのだが。)

上野の森交響楽団は、本番まで1ヶ月をきっているので、練習としては佳境に入っている。追い込みというか、ここからのスケジュールが過密だ。毎週火曜日の練習は崩さずに、休日に集中練習や合宿が入ってくる。

ただ、アマチュアにおいてこの過密スケジュールは参加できれば助かるものではある。結局のところ、前回の練習の内容を忘れないうちに次の練習が来るかが重要で、1週間よりも短いサイクルでそれがあるというのは、価値が高い。

考えてみたら、府中でもそうした練習プランを組んでも良いのかもしれない。休日練習のオケだから、他に練習日を組むのは簡単ではないが、祝日などを有効活用する方法はあるような気がする。特に秋定期は(曲の難易度に対して)練習期間が足りないと言われているので、そうしたやり方も視野に入れて計画を組む方法はありうる。

もちろん直前でなければ意味がないし、どれだけ価値ある練習ができるかは指揮者の手配などにも寄ってくるのだが、とはいえ最大の問題はそんな計画を組んだ場合にどれだけ参加が確保できるかだろうなぁ・・・。

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2014年1月14日 (火)

弾き続け

この週末はそこそこハードなスケジュールだった。

日曜午前は「魔笛」序曲と「夏の夜の夢」組曲。
魔笛は比較的最近やったばかりだが、夏の夜の夢は初めてで、楽譜の手配が遅れたため初見。まあ少しばかり熱心であれば、スコアも含めて事前に勉強することは可能だったと思うのだが、もちろんそんなことはしていない(いや厳密にいえば一度見た)。

日曜午後は「魔笛」全曲。
序曲はさておき全曲となると聴いた事もなかったのだが、こちらは6月の本番までにオケだけの練習が4回、総練習が1回で、後は前日当日だけで仕上げなければならないスケジュールのため、流石に初見で臨む訳にはいかず、土曜日に一度さらったのだが・・・とにかく長い。個人でさらうのも、オケの練習も、ほとんど通すだけで2時間以上かかってしまう。

月曜午前はヴィヴァルディの合奏協奏曲。
ミニクラシックコンサートに向けたアンサンブルの練習で、バロック風ではなくタンゴ風に演奏しようとしているため、少しばかり指示が細かい。

月曜午後は春の祭典。
初めての通しとなったのだが、短い曲にも関わらず転換が多いので、ずっしり来る。

月曜夜は新年会2件。
楽器を抱えたままはしごとなったのだが、案外その方が用心深くなってそれほど深く飲まずに済んだ模様。

なんだかんだで土日月と楽器を弾いているが、今日の夜も練習があるので、実に4日連続になる。これは本来楽器にとっては良い事で、もちろん自分にとっても良い事ではある。今日の夜の練習でもしっかり鳴ってくれると良いのだが、ただそれはまた別の話。

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2014年1月10日 (金)

スケジュールの組み立て

今日は朝一で会議があるので、少し早めに出社したいのだが、ネタが(ブログの)思い浮かばないな・・・。

先月思いついた勉強会の企画だが、その後進んでいない。漠然としたイメージはあるのだが、どこかで時間を作ってしっかり考える必要があるのかもしれない。

この「どこかで時間をとってしっかり考える」というのが結構曲者で、気がつくとズルズル先送りになってしまっている事がままある。時間は作らずさらっと考えるような癖をつけた方が良いのかもしれない。あるいは「どこかで」ではなく「ここで」と決めてしまうことだろう。そもそもスケジュール管理というのは本来はそういうものだ。

昨日のとある打ち合わせで、メンバーの一人が当たり前のように「とりあえず」期限と次の打ち合わせ日を決めてから、実際の内容の議論に入った時に、そうした習慣が自分には身についていない事を思い知らされた。

何をするかを決めてから日程を組んでいくのと、先に日程を組んでから何をするかを考えるとの間には、恐らくスピード感において大きな違いがあるのだろう。後者のような進め方をしていく事が必要なのだが、なかなかそのようにはならない。特に人との打ち合わせを組む時に、先にスケジュールの調整をしてから内容の詳細を詰めるというのが、怖くてできない。

だが、内容の詳細を決めてからスケジュールの調整をしていたら遅いのだ。とりあえずテーマだけはっきりすれば「とりあえず」日程はおさえてしまい、それから詳細を詰めるというスタイルでなければ、ズルズルと遅れていってしまう。

特に今の仕事は、外部からスケジュールが決まることが少なく、ほとんどが自分の裁量になる。その中でマイルストーンの意識をきちんと持って進めていくことが必要なのだろう。

とはいえ、これだけでは「意を新たにする」だけだ。どうやったら強制的にでもそうした環境に自分を追い込む事ができるだろうか。

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2014年1月 9日 (木)

演奏者の音楽の聴き方

今朝は寝坊をしていつもより10分ほど遅く家を出たのだが、各停ではなく特急と区間急行を乗り継いだ結果いつもより早く、しかもスターバックスの開店直後というちょうど良いタイミングで着いてしまった。ついでに朝食も(スタバで)食べることにしたのだが、昼を社食に切り替えている今では、それでも1日トータルの食費は渋谷の頃より安上がりになる。そう考えるとこうしたリズムでも良いのかもしれない。

そんな話はさておき、昨日は社内で楽器を嗜む方々と飲み会が(突発的に)あったのだが、出てくる話が音楽の話中心である中で、ふと気がついた事がある。

「あの曲はこのパートが見せ場がある」
「この曲はあのパートが難しい」

そういう意見を自分はほとんど持っていない。そうした話の多くにも付いていけない。特定のパートの見せ場とか難しさとかいった事が、自分の興味関心から外れてしまっているのか、普段ほとんど意識していないのだ。

もちろん、リアルタイムに練習していたり、過去経験があったりすれば違ってくるが、それも聴いている中で自然とそう考えた訳ではなく、実体験として目撃したりしている事による。経験と想像では全く違うと思うのだが、その想像の部分が自分にはほとんどない。自分が弾いている楽器でさえない(そもそも聴いている時に、どこがチェロなんてことはほとんど考えたことがない・・・)。

それはつまり、自分は演奏者的視点で曲に接していないという事ではないだろうか。

よくよく考えてみると、これからやろうとか、やりたいと考えている曲でさえ、聴いている時に「どのパートが難しそう」だとか「ここは自パートの見せ場」みたいな捉え方をしていない。音楽を聴くというのはそういうものだと思っていたが、実は演奏者というのはそうではなく、自分や他の奏者が実際に演奏する事を想定しながら聴くという事を意識的にあるいは無意識にやってしまうような人達なのではないか。

良し悪しはともかく、そうした接し方をしていれば、自ずとアンサンブルの精度は上がっていくだろう。パート譜を見て始めて自分の楽器での難しさを自覚し、スコアを読んで始めて他のパートの動きを理解しているようでは遅いのだ。細部はもちろん楽譜で確認していく必要があるが、聴いている段階である程度それらを想定しているのと、そうではないのとでは、聴こえてくる音の(脳内での)処理の仕方が全く違ってくる筈だ。

何かそういう決定的な資質の部分が欠けているのではないかとか思ったりしたのだった。もちろんその時にの話ではなく、あとから振り返ってみての話である。

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2014年1月 8日 (水)

ゆっくりさらう時間

仙川のスターバックス前の交差点は、ほとんどの歩行者が信号を無視して横断しているのだが、今ふとみたら車も赤信号で突っ走って行った。何だか恐ろしい・・・。

そんな話はさておき、昨日は上野の森交響楽団の新年初合奏。気づいたら本番まで1ヶ月程度になっている。

大分弾けるようにはなってきているし、曲的に判りにくいという事もないのだが、一度ゆっくりさらっておいた方が良い気がする。府中やレイディエートも含めて、抱えている曲が結構多くて、じっくり楽譜をさらう時間が取れていない。今週末からは魔笛(オペラ)も加わり、さらに増えるので、土曜日はスキーに行く時間はなさそうだ。

ゆっくりさらうというのは、文字通り遅いテンポでさらう事だ。一通り通すとなれば時間はかかるし、細かく反復する訳でもないのだが、個人的にはこれが一番効果的だと感じている。弾けない所を弾けるようにするためというよりも、弾けると思い込んでいても実は弾けていないとか、あやふやになってなんとなく弾いている所を洗い出して再確認する効果があるからだ。

この週末はそんな練習をすることになりそうだ。三連休だが、日曜月曜には午前午後全て別の練習が予定されている。土曜日にその予習をすべてするのは・・・無理だろうなぁ。最優先は魔笛(まだ手付かず)、次が夏の夜の夢(でも楽譜が手元にない)、春祭(そろそろやばい)、・・・で、レオノーレ、ベト1、ブラ4と考えると、先は長い。


さて、今回上野の森では裏を弾く。プログラム的にディビジョンがそれほどある訳ではないのだが、それでも「下を弾く」というのはちょっと新鮮だったりする。実はそれも密かな楽しみだったりするのだ。

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2014年1月 7日 (火)

楽譜を読む

昨日は平河町ライブラリーへ行ったのだが、仕事の事ではなく、オケの事をした。運営方の事務作業ではなく、演奏方の内容が中心である。

恥ずかしながら、演奏にあたって曲の勉強というのをあまりしたことがない。曲目解説を書くような機会があれば、それなりに情報収集はするが、例えばスコアを読みながらどういう構造になっているのかと考えるとか、どういった練習をすれば良いだろうかみたいな事はあまり考えないのだ。

そういう意味では音楽を舐めているというか、あまり真剣に考えていないのかもしれない。何度か書いているが、スキーの場合はそうではなく、どういった形が理想だとか、そのためにはどういうトレーニングが必要かといった事を考えている自覚がある。まぁ教本とかで学ぶという程の強さはないのだが。

そんな訳で、少しそうした時間も持ちたいと思ったのだった。朝考えていた「立て直し」とはちょっと違うのだけれども。

さて、府中の次回のメインはブラームスの交響曲第1番。昨秋の運命に続き定番中の定番で、個人的には3回目になるので、初見という訳でもなく、それなりに指は動く。メンバーも多くは経験者だろう。だが、だからこそ、その状態にどれだけ上乗せできるかが問われるという事でもある。

ひとまずパート内にお願いしたのは、スケールの練習を(改めて)する事。通常スケールの練習というとC-Durしかやらなかったりするのだが(自分がそうだし、パート練習などでやらせてみれば練度が全く違うのですぐ分かる)、まずは最低限各楽章の調についてはスムーズにスケールが弾けるようになる必要がある。これは自分も含めての話だ。

譜読みの感じからすると、そうした調性感が不足あるいは共有されていない事がアンサンブルの乱れにつながっている気がする。もちろん今の段階ではそもそも楽譜についていけていない側面もあるのだが、ただ楽譜を追えるようになっても、そうした部分が共有できなければ、アンサンブルとしては揃わないだろう。

ゆくゆくは曲中で使われている調全てに対応する必要があるが、まずは基本となる変ホ長調、ホ長調、変イ長調、ハ長調からパートを揃えていく事にする。第一楽章は実際にはハ短調だが、短調はまだ慣れていないので、おいおい追加していく予定。まずは何も考えなくても最低限3オクターブを自然に弾けるようになる事だ。そうした積み重ねが、秋のマーラーにも生きてくるだろう・・・多分。

で、練習用の音源を準備した後は、少し楽譜を勉強してみた。本当に恥ずかしい話だが、第一楽章冒頭が、全パートCのユニゾンで始まる事すら意識せずに弾いていたのだ。ベース、ティンパニ、ホルンがそのままCで全体を支えながら、ヴァイオリンとチェロが主旋律、木管とヴィオラが副旋律を奏で、落ち着くところはト短調(多分)。次の旋律はGのユニゾンで始まり、提示部で再びハ短調、という構造になっていると思うのだが、細かくみればもっと動いているだろう。

そうした流れを勉強しながら、今回は練習を進めていきたいなどと思ったのだった。

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2014年1月 6日 (月)

新年の決意

あけましておめでとうございます。

何かを変えようという時に最も効果が無いのは「意を新たにする」事だと言われているが、困ったことにブログというのは殆どの場合それぐらいしか出来ないという問題がある。ともすればそれだけで何かをした気になってしまい、結果何も変わらないというのは、少なくともこのブログでは過去何度も経験してきた事だ。

そういった事を考慮するなら、何かを決意するような事に使うのではなく、単に感じたことを書き連ねるぐらいの姿勢のほうが良いのだろう。決意というのは、別の形で行ったほうが良いのかもしれない。
そもそも変えるというのは気持ちではなく行動を変える事であるので、その結果のみを書くという方法もある。

新年といえば何かを決意し変えるには絶好の機会とされているのだが、何だか身も蓋もない書き出しになってしまった。

さて、年末年始はずいぶんと久しぶりに家族でスキーをした。グループで滑るスキーというのは、メンバーのレベルにもよるが、基本的には自分のペースでは滑れなくなるため、身体への負担は大きくなる。今回はそれがモロに出て、3日たってもまだ足が痛い。鍛え方が足りないといえばその通りだが、ただ鍛える気があるかといえば微妙な話ではある。

で、言い訳がましいが、そうやって家族と一緒の時間が長かったため、年末年始に色々やろうと考えていたことが後回しになってしまった。1人だと持て余すほどの時間が、持て余しつつも何も出来なくなるというのはあるのだなぁと実感する。

そんな訳で今日の夜は平河町ライブラリーに行くことにしよう。そこで諸々立て直すのだ・・・と決意してみた。何を立て直すかは書けないのが悩みどころだ。

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