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2014年1月 9日 (木)

演奏者の音楽の聴き方

今朝は寝坊をしていつもより10分ほど遅く家を出たのだが、各停ではなく特急と区間急行を乗り継いだ結果いつもより早く、しかもスターバックスの開店直後というちょうど良いタイミングで着いてしまった。ついでに朝食も(スタバで)食べることにしたのだが、昼を社食に切り替えている今では、それでも1日トータルの食費は渋谷の頃より安上がりになる。そう考えるとこうしたリズムでも良いのかもしれない。

そんな話はさておき、昨日は社内で楽器を嗜む方々と飲み会が(突発的に)あったのだが、出てくる話が音楽の話中心である中で、ふと気がついた事がある。

「あの曲はこのパートが見せ場がある」
「この曲はあのパートが難しい」

そういう意見を自分はほとんど持っていない。そうした話の多くにも付いていけない。特定のパートの見せ場とか難しさとかいった事が、自分の興味関心から外れてしまっているのか、普段ほとんど意識していないのだ。

もちろん、リアルタイムに練習していたり、過去経験があったりすれば違ってくるが、それも聴いている中で自然とそう考えた訳ではなく、実体験として目撃したりしている事による。経験と想像では全く違うと思うのだが、その想像の部分が自分にはほとんどない。自分が弾いている楽器でさえない(そもそも聴いている時に、どこがチェロなんてことはほとんど考えたことがない・・・)。

それはつまり、自分は演奏者的視点で曲に接していないという事ではないだろうか。

よくよく考えてみると、これからやろうとか、やりたいと考えている曲でさえ、聴いている時に「どのパートが難しそう」だとか「ここは自パートの見せ場」みたいな捉え方をしていない。音楽を聴くというのはそういうものだと思っていたが、実は演奏者というのはそうではなく、自分や他の奏者が実際に演奏する事を想定しながら聴くという事を意識的にあるいは無意識にやってしまうような人達なのではないか。

良し悪しはともかく、そうした接し方をしていれば、自ずとアンサンブルの精度は上がっていくだろう。パート譜を見て始めて自分の楽器での難しさを自覚し、スコアを読んで始めて他のパートの動きを理解しているようでは遅いのだ。細部はもちろん楽譜で確認していく必要があるが、聴いている段階である程度それらを想定しているのと、そうではないのとでは、聴こえてくる音の(脳内での)処理の仕方が全く違ってくる筈だ。

何かそういう決定的な資質の部分が欠けているのではないかとか思ったりしたのだった。もちろんその時にの話ではなく、あとから振り返ってみての話である。

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