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2014年2月27日 (木)

楽器を弾かない練習のスケジュール

昨日は計画有給(会社にはまとまって取る休みはなく、各自が計画的に有給を取得する)で休みの予定だったのだが、前日夜中に発熱をしたため、まるで計画的な病欠のように1日安静にする羽目になってしまった。幸いそれ以上は熱は上がらず、今日は普通に出勤。熱を出さなければスキーにでも行っていた筈なのだが、まぁ体を休めろという天の声だとでも思うしかない。

今週末のステマネ、来週の本番で演奏会ラッシュはひと段落だが、ぼちぼち次のラッシュの予定が入り始めている。次のピークは7月後半。一つはまだ未定としているのだが、最低3つ最大4つの演奏会が2週間の間に集中する。その前は6月に1回、5月に1回、4月は・・・まぁ練習のようなものだが1回という感じで、とにかくさらう曲が増える。

さらう曲は増えるが、さらう時間は減る。これは通常それらに充てられる時間にも、練習がスケジュールされてくるからだ。今の時点だと、6月7月は平日よりも休日の予定の方が過密な感じである。しかしそう考えると仕事の予定もそれぐらい先まで決めるようにしても良いんだよな・・・。

正直なところ、物理的にさらう時間を確保するのは限界があるだろう。問題はそれをどのように補うかだ。具体的には楽譜を見ながらのイメージトレーニングのように、楽器を弾かない時間の使い方がキモになってくる。実際のところ、さらわなければ弾けないところというのはそれほど多くはない。練習で弾けない理由は、忘れていたり、音をイメージできていなかったり、意識が足りなかったりといったものだ。

それはさらわなくても補うことができる。楽器を弾くことだけが練習と思わなければ、確保できる時間はもう少し増えるだろう。

多分そのあたりの「時間」というのも、スケジューリングをする必要があるのだろうな・・・と思ったりした。集まっての練習や楽器を弾く練習以外の「練習」もスケジュール化しないと、現実にはやらずに終わってしまうだろう。

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2014年2月24日 (月)

ミニクラシックコンサート

府中のミニクラシックコンサートが終了。本番が立て続けのせいか、若干疲れた感じもあるが、今回は演奏に集中できた事もあって、いつもよりは楽だった気もする。
いやまぁぶっちゃけはっきりと楽だった。それもこれもスタッフとして取り仕切ってくれた団員あってこそである。普段運営に携わる身から、一転演奏だけに集中すれば良い環境におかれると、改めてそのように思う。

さておき、演奏に集中と書いたが、現実どれだけ練習し、演奏だけに力を注げたかといえば、やや心許なくもある。死ぬ気で練習しないとできないような曲ではなかったという事もあるが、練習量という点では何とも言えない。もっとも、では反復練習によってどれだけうまく弾けたかといえばこれまた微妙で、地力は問われていたが、練習量が問われる曲ではなかったかもしれない。

もちろん1000回10000回とさらえば別なのだろうが、それも「弾けるようになるため」ではなく「アンサンブルに溶け込むため」に必要な練習となると、一人でなんとかできるものでもない。うーむ、何だか身も蓋もないなぁ。

何れにせよ、また演奏会が一つ終わったので、次に向けて追い込みをかけたいところ。来週はスタッフのお手伝いで弾くことはないが、再来週はまた一つある。それが終わればしばらくは練習だけの日々に戻るわけだが、5月6月7月とまたラッシュのように本番が(特に7月)あるので、その狭間の期間をうまく使いたいものだ。

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2014年2月21日 (金)

スマートフォンの利用のあり方

ようやくiPhoneをジーニアスバーに持って行く日がやってきた。

昨日の夜突如として復活したようなのだが(溜まっていたSMSを受信していた)その後寝る間に見たらまた再起動していて、今朝はまた立ち上がらなくなっていた。何というかもうダメダメである。仮に一時的に使えるようになっても、不安で使い続けられるものではない。

一方でその間、本格的に困るということはなかった。一部連絡が不通になるという状況はあっただろうが、普段からそれほど電話やSMSを利用している訳ではない。連絡の中心はGmailで、これはXperiaでも問題なく使える。SNS関係はもちろんだし、クラウドサービスも問題なし。RSSリーダーに関しては移行していないが、元々それほど利用していない。

操作法に関しても、iOS7のインターフェースに慣れなくて苦労していた時だったので、Xperiaにしても戸惑いは同レベル。逆に大画面のXperiaの方が使いやすいアプリもある。Kindleなどは、Xperiaぐらいの方が文庫を読んでいるような感じで読みやすい。

そんな感じで、まぁそれほどiPhoneにこだわっていく必要もないんだよなという事を再確認した数日間だった。もっともXperiaは大きすぎると感じることはある。一長一短ではあるが、iPhoneでさえケースやバンパーだけで大きく感じるのだ。手頃なサイズ感でいえばiPhoneの方が良いかなとは思う・・・が、それも慣れの問題かもしれない。

それにしても、実にスマホの利用範囲が狭いなとは感じたりはした。そもそも、そのデバイス自体に依存するサービスはほとんど使わないということもあるだろうが(なので今回よく分かったのだが、頻繁に機種変更しても多分自分の場合あまり困らない)、ハイスペックの機種を使う必要はあまりないのかもしれない。iPhoneも64GBモデルにしたのだが、必要とする場面はほとんどない(というか、今回分かったのは、そういう使い方をしているとリカバリが大変だということだ)。

さて、ジーニアスバーの診断はどのようになるだろうか。11月末に購入してまだ3ヶ月経っていないのだから、流石にここで使えなくなるというのはないよなぁ・・・。

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2014年2月20日 (木)

CSRの終焉

昨日はCSRに関する勉強会に参加したのだが、その直前に呟いた事をまとめておく。

今日は某所でCSR勉強会に参加するので、道行きで少し頭の中をその方向に持っていく。少し気になっているのは、先日少し書いた「CSRは終わったのか」という話。そうであればそもそもCSRというのは何だったのだろう。
送信 2月19日 18:19 From HootSuite

「CSRはガバナンス」と言ったのは以前のボス。解釈するに企業としての意思決定のあり方はどうあるべきかというのがCSRの本質ということになるだろうか。その意思決定の内容そのものではなく、どのように意思決定をするかというプロセスの問題という事かもしれない。
送信 2月19日 18:24 From HootSuite

この捉え方には個人的に納得していて、ようするに株主(資本家)、経営者、労働者によってなされていた企業の意思決定プロセスに新たなステークホルダーが加わる過程というか、挑戦がCSRなのだろうと自分としては捉えている。
送信 2月19日 18:27 From HootSuite

その動きは欧米においてはそれらしい萌芽があって、その最たる例がNPOやNGOといった市民団体だろう。彼らは「社会」の代弁者として企業の意思決定にアプローチした。その手段がCSRという事になる。そういう意味ではCSRは目的ではなく手段という事になるかもしれない。
送信 2月19日 18:31 From HootSuite

CSRを企業のガバナンスを変える手段と考えた場合、その意思決定の結果以上に、プロセスがどうなったかというのが、CSRの成果という事になる。社会を良くする意思決定がされたか、ではなく、そのガバナンスプロセスに市民は介在できたか、ということだ。
送信 2月19日 18:37 From HootSuite

そこで重要になるのは「市民の意思が反映されたか」ではない。「責任ある判断主体として関わっていたか」だ。そして、責任ある判断とは、何らかの行動責任やリスクを負うという事でもある。
送信 2月19日 18:39 From HootSuite

そう考えた場合、そうした関わりを持てた例はどれ程あるだろう。一時盛んに行われたステークホルダーダイアログにおいてそうした意思決定プロセスへの関与があった例は?それが「ご意見うかがいました」ではない事は言うまでもない。
送信 2月19日 18:46 From HootSuite

となると、挑戦としてのCSRはやはり終わったと言えるのかもしれない。もっとも日本においてはそのように捉えられていたかどうかも微妙で、それが始まってもいなかったと自分が考える根拠ではある。
送信 2月19日 18:48 From HootSuite

大雑把にいえば、CSRは企業の意思決定プロセスへの新たな判断主体の取り込みであると考えているという事なのだが、正直なところその「第四の主体」の企業経営における役割は不明確だ。思うにCSRが失敗した(と言ってしまうが)のは、その部分を突き詰められなかった事にあるような気がする。アカデミックにおいても、現実においても。

その原因の一つが「社会的価値」とか「倫理的経営」のような「綺麗な言葉」で語ろうとしたことだろう。それらは従来の主体にも求められることであって、第四の主体の「役割」ではあり得ない。それを役割であるかのように語り、それをもって企業経営に介在しようとしたことが混乱を招いたような感じはある。

もっとも、突き詰めてもそれぐらいしか出てこなかったのであれば、やはり第四の主体など必要なかったという結論に落ち着くのかもしれない。実際のところ、新たにもてはやされているCSVはその第四の主体の存在を否定する形で成り立っている。従来の主体のみで企業は社会的価値を生み出していける・・・というのが、その考えの本質のように思えるからだ。

まぁガバナンス変革としてのCSRは終わってしまったとしても、そこで求められていた「市民の意思の反映」自体は、結果としては残る。であればことさらに失敗などということはなく、それはそれとして評価して、一旦役割は終えたと捉えてしまっても良いのかもしれない。

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2014年2月19日 (水)

vaioとXperia

昨日は物欲が燃え上がったので、帰って早速vaioの現在のラインナップをチェックしたのだが・・・「これだ!」という食指が働くモデルは残念ながら見あたらなかった。実際のところは、現在使っているMacBook Airでさえ、「これしかない!」というベストチョイスではない(自分にとって)と感じているのだが、根本的にそれほどPCを必要としていないということかもしれない。

あえて言うならTap21が、MacBook Airも手元に残しつつ今のニーズに最も近いチョイスなのだが、悲しいかな置き場を確保するのが難しい。デスクトップタイプはどうしても固定的になってしまうのが問題ではある。

大型のラップトップはもっと意味がないので、そうなるとDuo13あたりが面白そうなのだが、これぐらいになってくるとMacBook AirやiPadとの使い分けはどうするのかという話になってくる。思いきってiPadをTap11にしてしまうというのは一つの考え方ではあるが、それは単にデバイスが増えるだけで、Xperiaの母艦的意味合いが全くなくなってしまう。

要するにMacとiPadとiPhoneほどの住み分けが、vaioとXperiaの場合はされていないのだ。母艦的に言うならMacBook Airはとても母艦的ではないのだが、それでもiPhoneがそうした母艦を必要とするのに対して、Androidはオールインワンに近い思想なのかもしれない。何というか、互いのできる事とできない事が、補完関係になっていないような感じがある。

その辺りは、GoogleのAndroidと、MicrosoftのWindowsという、そもそもが違うものという事に起因しているのだろう。であればまぁXperiaはXperiaで、単独でどう使いこなすかを考えた方が良いのかもなぁ。

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2014年2月18日 (火)

久しぶりの物欲

iPhone5sが、再び立ち上がらなくなった。

前回同様、母艦につなげばリカバリーモードで立ち上がって再セットアップになるのだろうが、前回それをして以降も日に数回は勝手な再起動を繰り返していたし、中途半端に使える状態にしても意味がないため、そのままApple Storeに持ち込む事にする。

事にする、と言っても以前と違ってさっと立ち寄れるわけではない。金曜日は外出して直帰となるため、そのタイミングでジーニアスバーを予約する。なので、金曜日まではXperiaのみの使用となる。

実際のところ、iPhoneであれXperia(Android)であれ、使うサービスにそれほど違いはなく、基本的にクラウドベースのサービスばかりのため、特段困るということはない。あえていえばSMSに関しては端末に紐づいてしまっているが、それほど利用頻度は高くないし、そもそもそれしか使えない連絡相手というのはいない。携帯のメールアドレスは基本的に使っていないのだ。

サブマシンの位置づけでイマイチ使いこなすには至っていないXperiaの使い方を色々探るには良い機会だ、と思うことにしよう。それでメインマシンを乗り換えることになったら、Appleとしては残念な話だろうが、それはメーカーの都合であってこちらの都合ではない。

あえていえば、母艦がMacBook AirなのがXperiaとの相性という点ではイマイチといえばイマイチなので(Windows8は入れてあるのだが)、この際だからSONYでなくなる前にvaioでも買っておこうかなと思ったり。もともと自分がMacに乗り換えたのは、iPodやiPhoneの母艦としてという要素も強かったからだ。デザイン的にも使い勝手にも不満はないのだが、vaioを使っていた事もあるので、こちらはこちらで思い入れがある。

うう、久しぶりに物欲が頭をもたげてきたぞ。

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2014年2月17日 (月)

腰掛け感

上野の森交響楽団の定期演奏会終了。気がついたらもう3回目の演奏会で、普通に団員である(いや団員なんだけど)。

どういう訳か、その割には腰掛け感が強い。そろそろそういったマインドは払拭すべきだろう。まぁただ腰掛け感というか、どこか距離があるような感覚というのは、府中においても感じている事ではあるので、端からはそのようには見えていないかもしれない。

その団体との関係においてではなくて、音楽と向き合う上での自分の腰が座っていないと感じているという事だ。掛け持ちでやっている事が原因かもしれないし、もっと違った、求めるステージが変わってきているという事かもしれないが、いずれにせよ、何となく自分自身の心根が中途半端なように感じてしまっている。単純に練習不足で弾けない事のフラストレーションかもしれないが。

一方で前回の府中の定期の運命から年末の第九、今回の上野の定期のブラ4、さらに次回の府中の定期のブラ1というプログラムは、この時代の音楽を学ぶにはとても良い流れだとも感じている。どれもメジャーな曲とはいえ、わずか半年ほどの間にこの4曲を続けて演奏するというのは、そうそうできることではないだろう。

問題はそれを自分自身の中で生かしていけるかだ。その点では不満が残っていて、それが距離感に通じているのかもしれない。全力を投入していないというか、その場しのぎで対応しているというか、単なる自己満足で進歩がないというか。なまじ(運命を除けば)やったことがある曲というのもよろしくないかもしれない。改めて楽譜を読まなくても、ある程度は弾けてしまうからだ。

いずれにせよ、今回のブラ4は、自分自身としては中途半端だった。それが楽しくないということではないし、むしろ楽しいのだが、それで良いのかという不満が振り返ってみるとあるという事だ。

ブラ1はそうならないような事ができるだろうか。いい加減過去の資産に頼るだけでなく、新たな進歩につながるような練習を自分自身に課したいものだ。

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2014年2月13日 (木)

スキーに行きたいという葛藤

ここ数日小さな棘のように頭の片隅を悩ませていた問題が思わぬ形で解決し、やっぱり身の回りは整理整頓しておかなければな〜と思ったりした。読み手にはさっぱり分からないだろうが、個人的な戒めの記録として残しておく。まぁとりあえず良かった。

さておき、それとは別に少々困るというか、腹立たしいというか、悩むというか、何とかならんかな〜と思うのはスキーの件である。先週の土曜日は、もちろん行かなくて良かったのだが、おかげでしばらく行けない感じになってしまった。

今週末はもちろん無理なので(また荒れそうなのがやや不安どころだが)、可能性があるのは来週なのだが、それはつまり本番の前日に行くという事でもある。しかも、見事に重なるものだな〜と思うのは、勝手に師と仰ぐ方のレッスンが受けられるタイミングだということだ。これは行っておきたい。しかし行けば半日という訳にはいかず、おまけに間違いなくヘトヘトになる。
(もっともそれでも行った事はある。)

加えて楽器の方もここしばらく練習時間の確保ができていないので、まとまった練習が必要だ。府中の方は、次回定期の練習が始まって1ヶ月半が経過したのに、まだオケの合奏でしか楽譜をさらっていない。おまけに3月本番のエキストラは、この後ほとんど練習に参加できないので、個人でさらっておかないと大変な事になるのは間違いない。これもタイミング的には来週の土曜日しかない。

いいから行ってしまえと感性は囁くが、理性はやめておけと押しとどめる。昨日のエントリーではないが、理性は正しいが感性は楽しい。楽しさを選んでも良いが、そうした葛藤のある時の楽しさというのは、多くの場合その先を犠牲にしていたりする。

どうしようかな〜という迷いも、ある種楽しみのうちだ。とはいえ、まぁスキーを諦めるというのが妥当な選択であろうな・・・。

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2014年2月12日 (水)

キレる瞬間

いや誰かにという話ではなく、演奏中にのめり込みすぎるという話。

昨日は上野の森交響楽団のG.P.だったのだが、ブラームスを通しで演奏する中で、少し意図的にキレてみた。多少マージンは残していたつもりなのだが、音楽に没入して自分としては楽しい反面、聴く人の事など考えていない自己満足なだけの行為だよなとも改めて感じたりした。本番でそうならないように、ちょっとだけ自分の楽しみを優先してタガを外したのだが、周囲には迷惑な話ではある。

前半のベートーベンはそういう事はしなかったのだが、客観的にはそちらの方が普通にしっかりしていたはずだ。まぁそれも自己評価なので自己満足と言ってしまえばそれまでなのだが。

音楽は聴く者の感情を揺さぶるものだが、演奏という行為そのものは本来そうではない。どこかに理性的なものを残しておき、ある種の緻密な計算の元に奏でられた音楽だからこそ、聴き手の心を揺さぶる事ができるのだ。感情の爆発というのは、聴衆の中で起こるものであって、演奏者の中で起こるものではない。仮に起こるとしても、それは表現として表れるものではない。

オーケストラのスコアなどはその最たるものだろう。そこには和音の進行からリズム、調性、楽器(音色)の選択まで、作曲家によって綿密に計算されたものしかない。だったら機械で演奏しても同じ感動を引き起こせそうなものだが、そこに演奏者による違いが表れるのは、演奏者による新たな計算が加わるからだ。演奏者がそれを放棄したら、その楽譜(の上の計算)が生み出す感動は、演奏者の中で止まってしまう。

昨日はその「感動を止めてしまう」行為をしたのだなという気がする。ま、アマチュアなんだし、そういった事があっても構わないと思うのだが(そもそもアマチュアで音楽をやるというのはそういう事でもある)、本番ではもう少し違う感覚で演奏したいものだ。

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2014年2月 7日 (金)

売却できるブランド、売却できないブランド

立て込んでいたり、スタバが使えなかったりで2日ほどブログを書けなかったのだが、といって書きたいネタがたまるわけでもなく、そういった意味ではテンションは低い。

SONYのVAIOブランド売却(PC事業の売却というのが正確だが、ブランドとしてみればようはそういうことだろう)のニュースを見ながら、企業ブランドと商品ブランドの違いというのは、突き詰めれば「売却できるか」「売却できないか」にあるのかもしれないなぁなどと考えた。

企業ブランドは売却できない。厳密には売却可能だが、それは会社としては身売りという事で、ブランドを支えるもの自体が消滅するということだ。企業ブランドには企業としてのアイデンティティやビジョンが込められており、だからこそ容易には変えられないし、しっかり守られ、継承されなくてはならない。

商品ブランドは売却できる。その商品やサービスと共に譲渡が可能ということだ。そこには身を切る思いがあったとしても、それを事業として存続すべきかという判断に基づいた整理が可能なのが、商品ブランドの位置づけだろう。事業の方向性に基づくものだから、それにあわせて方向性を変える事も可能でなければ意味がない。ブランドイメージを守るために、事業活動が硬直してしまっては本末転倒だ。

そう考えると、難しいのは、企業ブランドと商品ブランドが一体化してしまっている場合だ。企業ブランドとしては一貫性を保ち、商品ブランドとしては変化させるというのは、ある意味相反する要素だろう。もちろん、企業ブランドにも変化の要素はあるし、商品ブランドも一貫性がなくては浸透できない。だが、企業ブランドと商品ブランドは、そもそものあり方や成長のさせ方が違うような気がする。

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2014年2月 4日 (火)

雑感

昨日は帰ってからiPhoneの再セットアップ。リセットをしてiCloudからの復元をしてみた。ひとまずアプリまでは復元できたのだが、音楽データなど母艦につながなければならないものはまだのため、状態としては「復元中」。それでも操作中に一度落ちたし、母艦につないだ時にどのような挙動を起こすかは分からない。

そんな訳で昨日はXPERIAを中心に使用したのだが、思っていた通り、それほど困らない。つまり、iPhone独自の機能というのは意外と使っていないのだ。ほとんどはWeb上のサービスで、アプリについてもiOS、Android双方で対応しているケースが多いからだ。

もっとも、細々としたアプリはそうでもないため、ちょこちょこと「ああ」という事はある。インターフェース的な面でもiPhoneに一日の長があり、慣れない&即座に探せないといった事態にも遭遇するのだが、それは文字通り慣れの問題なので、大きな話ではないだろう。
(そもそも自分はiPhoneにだってそんなに慣れているとは言えない。)

さて、今日は上野の森の練習がある。にもかかわらず、雪の予報。とはいえ天候を理由に休むには(仕事も理由にはなるが)、本番が近すぎる。傘も含めて荷物は増えるが、出席して少しでも練習しなければならない。そもそも個人でさらえる時間を確保できていないのだから、そうした時間は貴重だ。

アンサンブルは個人練習の場ではない・・・というのは確かにその通りで、先日の府中の練習なども、個人練習のようなさらう場になってしまったのはいたく反省した。何よりさらうための神経の使い方とアンサンブルのための神経の使い方は若干異なっているので、アンサンブルを気にしだすと、ほとんど弾けなくなって、結局どちらとしても中途半端な練習になってしまう。

この週末はスキーに行っておきたいところだが、聴きに行きたいコンサートもあるし個人練習もしたい。おまけに週明けの会議に向けた準備もしたいということで、何かを切り捨てなければ(というかほとんどを切り捨てなければ)どれも満足いかない状況に陥りそうである。

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2014年2月 3日 (月)

iPhoneの不調

今日は予定している打ち合わせをすっぽかしてしまい、なんてこったというTweetをする夢を見たのだが、朝起きたらそのTweetをするiPhoneがリカバリーモードになってしまっていた。
MacBook AirにつないでとりあえずiOSまでは復元できた模様なのだが、アプリの復元で落ちまくり時間切れ。

そんな訳でほとんどOSだけの状態では使えているのだが、本当に使えるのかは不安な状況で、しかもそもそもアプリなしでは使い道がない。こうなるとApple Storeの出番な訳だが、渋谷にいた頃と違って、では今日の帰りに、なんて訳にはいかないのである。

行けるとすれば水曜日か・・・とりあえずXperiaが稼働していて良かった。

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2014年2月 1日 (土)

次回練習ではこんなことを意識してみましょう:その1

休日ではあるが、昨夜パート内に次回合奏に向けて意識して欲しいことをメールしたので備忘録として。

チェロパートのみなさま

弾けないところは各自でさらっていただくとして、次回練習でまずは注意してみて欲しい所をピックアップしてみましたので、参考まで。

【第1楽章】
とっくにお気づきの方もいると思いますが、第1楽章の冒頭は全パートがCのユニゾンでスタートします。
言い換えれば、その響きがゆがめばその後の演奏全体の印象が悪くなってしまうということ。ですので、まずはそれがきちんと響いたかを意識してください。
大切なのは「自分が」正しいCを弾くことではなくて、オケ全体が揃っていることです。ぶっちゃけて言えば、ベースのCにしっかり乗れて響いているかを重視してください。それがCでなかったら、それはベースの責任。でも響かなかったらベース以外のパートの責任、と考えるぐらいで良いと思います。
最初の一発でそれが揃ったら、今日の練習は7割がたOKぐらいのつもりで集中してください。
同様に25小節目のGもユニゾンでスタートします。これもついでに意識しましょう。

【第2楽章】
第2楽章もベースとの絡みを重視します。冒頭からしばらくはオクターブですので、よく聴いてあわせてください。これも「音程が違ったらベースの責任、そろってなかったらチェロの責任」というスタンスで構いません。
第2楽章はゆっくりな分、聴ける余裕も持ちやすいので、四分音符ぐらいまではどこがベースとユニゾンなのかを探す(楽譜ではなく耳で)ぐらいのつもり弾いてみてください。

【第3楽章】
第3楽章は難しいところが多く、他を意識する余裕はまだないかもしれませんので、まずは弾くことに集中してしまって構いません。(今の段階では。)
ただ、その中でも、Aからのクラリネットの三連符が聴けたな〜とか、特に木管を中心にどこまで聴きながら弾けるかという事は意識してみてください。

【第4楽章】
ここまで辿り着くかは微妙ですが、第4楽章は「気持ちよく自分のテンポで進まない」事を意識してみてください。テンポの変わり目や、楽譜に指示はないけれども動きやすいところ、それらへの指揮者の指示をどれだけキャッチできるかを気をつけてみましょう。一番注意が必要なのは序奏部のPizzと、最後Piu
Allegro前のString.です。
あとは最後の4小節の和音が綺麗に響くこと。音程はベースに(同じCです)、音の長さはコンマスに合わせます。ここは家でどんなに練習しても意味がない(というか多分しない)ので、合奏の時だけ完璧に練習するようなつもりでいてください。

長くなりましたが、まずはこの辺りを意識しながら、最初の練習に臨みましょう。

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