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2014年5月13日 (火)

惰性で臨む

昨日は練習録音を改めて聞いてみた。
・・・想像している以上によろしくない。事故が起こるのは本番一週間前としては問題外だが、それを差し置いてもあまりよろしくない。

ただ、何というか、練度よりも地力の問題のようにも感じられる。オーケストラとしての基本機能が低下している、みたいな。基礎的な練習はほとんどすることが無いので(大学オケではないので普通はそうだろうが)、止むを得ないかもしれないが、個々人の技術としても、オケ全体の技術としても、衰えが見える・・・気がする。

まぁメンバーも多くは固定されているし、そのまま年を経ているのだから、多少の技術や体力の低下は否めないとして、長年やっている事による成熟感のようなものがあまり感じられないのは何故なのだろう。もっともかく言う自分も、何らかの長期的展望をもってここ数年臨んできた訳ではない。そういった惰性のような姿勢がそのまま現れているだけかもしれない。

考えてみれば、以前は定期演奏会の前には演奏上の注意事項などをまとめてパート内に発信していたりしたのだ。そういったものを「作らなくなっただけ」でも、取り組みとしては劣化している。いや表現はイマイチだけれども思いつかなかっただけで、ようは色々「やらなくなっている」という事だ。理由はいくらでも挙げられるが、楽をしている事に変わりはない。

今更ながらに考え出せば、色々改善できる所というのが浮かんでくる。そう考えればできなかったのではなくやってなかったと言われても仕方ない部分はある。追い込まれたからという事はあるだろうが、1ヶ月前であれば十分対応が可能だっただろう。もったいないといえばもったいないのだが、では自分の1ヶ月前を振り返ると、それどころではなかった(音楽の話ではなく)というのも事実としてはあって、当時今程度の音楽に対するテンションを持てたかというとかなり怪しい気もするのだ。

正直な話、見直すとすれば音楽以外の部分なのかもなぁ・・・。

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