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2014年5月16日 (金)

練習する

昨日は急遽練習をしたいと思ったのだが、楽譜を持ち帰っていなかった。府中は基本的に原譜を使うので手許用のコピーがない・・・しておけという話であるが、書き込みがないので結局使わない事が多いのだ。
で、書き込みがないのはやむなしとして、iPadにダウンロードした楽譜を使用した。ああこんな所で処分を決めたiPadが役にたってしまうとは・・・などと思いつつ、とはいえ、こんな時のためだけにもっておくというのも少々無駄な話ではある。

そんな話はさておき、昨日の練習はゆっくりと指示などを思い出しながら通して練習してみる。弾かなくて良いと言われているので(悔し紛れではない)弾けない所の反復練習などはこの際無視して、合わせるポイントや前回乱れた所の確認が中心。書き込みがないのでどこまで思い出せたかは定かではないのだが、意外と覚えている。後は音の長さや裏拍の弾き方の確認。改めて、裏拍でリズムが組み立てられていると感じたりする。こうした自覚も弱かった訳だ。

とはいえ、そうして練習していると、個人練習で詰められる要素はそれほど多くないと感じる。アンサンブルの曲というのは、やはりアンサンブルを通じて磨いていくものなのだ。もちろん、そこで余計な事をせずに済むように個人練習はある訳だが、この段階まで来るとそうしたウエイトはどうしても低くなってくる。むしろこの段階で個人練習を突き詰めてしまうと、思い込みと習慣が強くなって、アンサンブルを乱してしまう気もする(ただし、本来はそれは切り分けられているべきものだ)。特に今回は、身体に染みつかせてしまうと、指揮者の指示の変化についていけなくなる可能性が高い。

練習録音を聴いていると、その日の最初と最後では、明らかに指揮者がオケに寄り添ってきているのを感じる。これは解釈を曲げてもらっていると捉えて良い。本来は初回の棒についていかなければならないのだが、それができないから妥協点としてこちらに合わせてもらっているのだ。
それはつまり、「最後にOKが出た弾き方」で固定化してしまっては意味がないという事でもある。過度な反復練習は、そうした固定化を招きやすく、結果として次の機会において、やはり初回はついていけないという事態に陥りやすい。

前回こうだった、というのは多分通用しない。ある程度は決めてあるだろうが、かなりライブ感を重視している様子もあるからだ。その時の状況により、どういった流れになるかは、多少未知数ということだ。結局どういった流れになるかをどれだけ想定して臨めるか、後は対応力次第という事になる。

今日も練習できると良いのだがなぁ・・・。

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