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2014年5月14日 (水)

音の雰囲気は最後の処理で決まる

今日は時間がやや変則的(でしかも今は平河町ライブラリーにいる)ので、手短に昨日練習録音を聴きながらTweetした事など。

音の歯切れの良さというのは、初速はもちろんだけれども、やはり切り方で決まるのだということを改めて感じた。音楽の躍動感は音の切る際の圧で決まってくる。
送信 5月13日 18:47 From HootSuite

それと裏拍を少しだけ意識的に弾くようにすると、多分指揮者の要求する表現に近づいてくる。表拍に速く入ってしまうのは、表拍に入るのを待てないということではなくて、裏拍を丁寧に弾いていないって事だ。
送信 5月13日 18:58 From HootSuite

裏拍で拍子のカウントができるようになれば少し違ってくるのかもなぁ。
送信 5月13日 18:59 From HootSuite

弦楽器の「音の長さ」というのは、弓で弦をこすっている時間ではなく、指で弦を押さえている時間で決まる。これを勘違いすると間延びした間抜けな音になる。
送信 5月13日 22:55 From HootSuite

ブラームスの交響曲第1番では、度々アウフタクトから次の小節の頭の音に「飛び込んでしまう」事が指摘されていて、録音を聴いていると、確かにそのような感じがある。ただ、そこで、表拍にあたる音に入るのを「待てば」良いかといえば、そのような感じでもない。表拍に飛び込むように感じられるのは、裏拍の音が軽いからだ。しっかりと音の処理をせずに、次の音を出す準備動作でしかなような薄い音になっている。そのため、その拍に重さが発生せず、次の音に飛び込んでしまうのだ。

少し前にこんなTweetもしていた。

ふむ、3拍めと6拍めの音が柔らかかったり緩んでいたりすると途端に印象が弱々しくなるな。
送信 4月29日 10:25 From HootSuite

ブラームスの第1楽章では、この「3拍め」「6拍め」というのが、裏拍にあたる。弦楽器ではアップボウで弾いているのだが、ダウンボウで弾くこともあるので、そういう弾き方が要求されるということだ。むしろ裏拍を強く、表拍を弱く弾くぐらいの気持ちでもバランス的にはおかしくない。

これはアウフタクトに音がない休符の場合でも、その休符をどう準備するかによって変わってくるのと同じだろう。その辺りのシビアさをパート内に徹底できているかといえばそうではない。

さて、音の長さが左手で決まるというTweetはまた違う要素なのだが、これを意識できていないと、特にピチカートの音の長さに影響が出てくる。次の音に変わる直前まで指を離すなという事はよく言うのだが、弾いたら指を離して次の音を押さえてしまうという事を、気をつけていないとついしてしまうのだ。結果として四分音符の長さ分の響きが欲しい音が八分音符分で切れてしまったりする。

これを弓で弾く時に当てはめると、音圧を維持したい時(テヌートやレガートなど)と、跳ねたり抜いたりしたい時の弾き方が変わってくる。これまたよく言われている「スタッカートを長く」というのは、弓を使う「長さ」ではなく、音を押さえている「長さ」の事だろう。弓で長く弾いてしまっては、弾む感じは出ない。弓を弦から離す、あるいは圧力を抜いた後も、左手を維持する事によって、音としての長さを保つようにする、というのが指揮者の指示の意図のように感じられる。

難しいのは、この「左手の長さと右手の長さを別々にコントロールする」という奴で、特に左手の方を後まで維持するのが難しい。むしろ左手が移動した後も右手は残ってしまって、結果として音の切れ目があやふやでぼやけてしまう事の方が多いのだ。音の処理が滲んでしまうことが多いのは、おそらくそうした事も関係している。

一朝一夕に直せるものでもなく、普段から意識的に挑戦していくしかないのだろう。しかしこれがコントロールできるようになると、格段に表現力が上がるような気がするな。

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