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2014年5月23日 (金)

ホワイトカラー・エグゼンプション

日経新聞にホワイトカラー・エグゼンプションに関する記事があったので、以前から漠然と感じている事など。

こんな事が書いてある。

働く時間と賃金を無関係にすると、残業代を当て込んだ長時間労働が減り、労働生産性が上がる効果が期待できる。一方で経営者が一定の賃金で従業員に長時間労働を強いる可能性もあるため、本人の同意などを導入の条件とする方向だ。

多くの場合、経営者は前者を語り、労働者は後者を語る訳だが、それはそれで当然として、これらの議論がどちらも、

「1日12時間働いても給料は同じ」

という視点ばかりで、

「1日3時間しか働かなくても給料は同じ」

という視点がないような気がするのが気になる。時間に縛られないで働くというのはそういうことではないか。

そしてこのように考えると、何らかの時間的拘束が発生する業務にはこれらは適さない事が分かる。店舗、工場はもちろんだが、例えば「営業時間」というものを顧客に提示している職種も不適当になる可能性が高い。その時間帯に従業員を拘束する事になるからだ。理屈からいえば、適用される職種範囲というのは相当に狭い。

8時間なり、一定の業務時間は当然働くという想定で話をしていないか?

働く時間を縛らない(企業側から見ると)というのは、極端な話ある日1日営業が停止する可能性があるという事なのだ。いやいや営業時間は働いてもらわないと、というのであれば、それは時間を拘束している事になる。

さらにこの考え方を進めると、労働時間に対する規制は給与と切り離して「健康維持の側面から」残すべきで、残しても何ら問題はない(はず)という事になるのではないか。そもそもが労働時間に対する規制というのは、健康問題に端を発していて、残業代というのはそのリスクに対する補償的な側面があるはずだ。

労働時間と給与を連動させないというのは、実は労働時間を規制する考え方とはまったく別の軸の話だ。連動させておくと、企業に長時間労働をさせないインセンティブが働きやすいというだけに過ぎない。それをなくすなら(いやなくさなくても)、規制はむしろ健康面からより厳格に適用するべきなのだ。残業代という形で従業員に提供されるのではなく、罰金という形で国に吸い上げられる事になりそうだが、それに反対する経営者がいるとすれば、ホワイトカラー・エグゼンプションを導入したい理由は、つまりそういうことだろう。

そんな訳で、自分にとってホワイトカラー・エグゼンプションと、労働時間の規制は、両立する話だと思っているのだが、なぜ対立しているのだろうか。

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