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2014年6月30日 (月)

何から練習するか

怒濤の週末というか・・・

金曜の夜はKオケ、土曜の夜はアンサンブルO、日曜はF響、U響、Tオケの3タテというスケジュールで、金曜にやった運命が何だか随分前の事のような気分なのだが、結局こういうのがリア充とかいうやつなのだろうか。何となく実感は湧かないが・・・。

リア充かどうかはさておき、本当にもう少し譜読みをしないとまずいのではないかという状況になってきた。曲数がある上に本番が密集しているため、何から手をつけて良いやら迷うのだが、一度見ておけばなんとかなりそうなFの直近の曲からになるだろうか。
(定期の曲にはすぐには手が付けられない・・・。)

次がOで、全て出来るようになるのはそもそも無理なのだが、出来るところも出来ないままの訳にはいかないので、これは一度きちんと見ておかなければならない。見るというか、さらうというか。

本番が一番近いのはTだが、これが一番曲数が多くて何が何やら分からない状況になっている。というかこちらはボウイング合わせやら製本やら、まだ他にやることもあったりする。

Uは大分読めてきているのだが、後回しになっていた細部の確認をする必要がある。今頃か、と思わなくもないが(というか周りは思うだろうが)これまではオケ練の中だけで何とかできていた事が今回は間に合いそうにない。

Kは・・・まぁ良いか。こちらは演奏以外に気を回さなければいけない事の方が多い。
(余談だが、これまで府中とかオレイユとか上野の森と言っていたのを頭文字に変えたのは、諸事情によりこのKの名称を明かせないバランスを取るためである。)

こうやってブログで書いても何の解決にもなりはしないのだが(計画にもなっていない)、とりあえず吐き出してみた。今週は仕事の事情でU響の練習には出席出来ないのだが、逆にその時間を有効活用したいところではある。

後は練習ではない部分をどうクリアするかだよ・・・。

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2014年6月27日 (金)

持続可能な開発の捉え方

昨日こんなRetweetをした。

これ逆にしたらどんな印象でしょうね。「現在世代のニーズを損なうことなく、将来の世代のニーズを満たすこと」 RT @: 「将来世代のニーズを損なうことなく、現在の世代のニーズを満たすこと」
送信 6月26日 18:45 From Hootsuite

誰へのRetweetかは伏せたが、書かれているように、CSRというか、持続可能な開発の定義はこのように言われている。

「将来世代のニーズを損なうことなく、現在の世代のニーズを満たすこと」

昨日の思いつきはこれを逆にして、

「現在世代のニーズを損なうことなく、将来の世代のニーズを満たすこと」

としたものなのだが、思いつきにしては良い線をいっているのではないか。

従来の定義でひっかかるのは、どうしても抑制的であることだ。「将来世代のニーズを損なわない」は、現在世代のニーズを満たす上での制約条件として受け取れてしまう。

まぁ、そもそもの発想の原点がそうだと言えばその通りなのだが・・・。

これを逆にすると、将来世代のニーズを満たすことがポジティブな目的になる。逆に現在世代のニーズが制約要件となるわけだが、どういったニーズがあるか分からない将来世代のニーズを制約条件にするよりも、ずっと物事は考えやすいのではないか。

それにそもそもの目的意識が違う。従来の考え方は「現在世代のニーズを満たすこと」で、これは言われるまでもなく満たさなければ、例えば企業は存続出来ない。つまり当たり前の行動原理で、それに制約条件が加わる形になる。

対して逆にすると、「将来世代のニーズを満たすこと」という新たな目的が生まれ、一方で制約条件は、言われるまでもなくすでに存在しているものに過ぎない。

と、単純に考えればよりポジティブなアクションに繋がっていくと思うのだが、何故そのようにならなかったのだろう。単純に逆転させただけだから、思いつかなかったという事はないはずだ。世界トップクラスの頭脳が(きっと)何人も関わっていて、こんな事さえ思いつかなかったとは考えにくい。

だとすれば、何か想像出来ない穴があるということだろうか。あるいは日本語でしか考えたことがないのだが、原語では異なるとか・・・。

一つ考えられるのは「ニーズ」という言葉のニュアンスが組み合わせによって少しずつ変わってくるのではないかという事ぐらいだろうか。といっても言葉に出来るほど明確な差異ではないのだけれども。

「持続可能な開発」はどのように捉えれば良いのだろう。

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2014年6月26日 (木)

過去の経験を食いつぶす

昨日は久しぶりに平河町ライブラリーに行ってきた。思った以上に諸々の書類が溜まっていて、こまめに処理する必要性を実感する。まぁどこまでこだわって処理するかという問題でもあるのだが。

そんな話はさておき、最近になって気付いたことがある。

先日今更ながらに、ここ1〜2年オケの掛け持ちが続けられたのは、何のことはない新曲が少なかったからだという事に気がついてしまったのだが、さてそのシンプルな事実に対しての対処法は何であろう。
送信 6月25日 18:56 From Hootsuite

U響に参加したのは2013年の春だが、以降メインの曲はマーラーの巨人、ドヴォルザークの新世界、ブラームスの4番だった。同時期のF響のメインはチャイコフスキーの悲愴、ベートーヴェンの運命、ブラームスの1番で、双方あわせて実に有名曲のオンパレードなのだが、そのせいもあって初めて取り組んだ曲は一つもない(厳密には運命は正式には初めてだが、部分的にはやる機会が何度かあった)。

もちろん演奏会の全曲が新曲ということはないのだが、メインが経験曲というのは大きい。結果として譜読みにそれほど時間をかけずともなんとかなっていたのだ。特にU響に関しては、それが大きなアドバンテージになっていたのだろう。

そのアドバンテージが、ブルックナーの6番という今回のU響のメインにはない。苦労しているのは結局そういうことだ。そしてF響に関しても、次はマーラーの5番だから、全く経験はない。新曲の大曲に挑むのは、2012年春の「グランドキャニオン」以来といっても良いだろう。冷静に振り返れば、ここ数年は過去の経験を食いつぶすかのようにまともな譜読みをせずにオーケストラに向きあっていたのだ。

これってやばいのではないだろうか。

正直なところ、今は抱えている曲が多すぎるのは確かだ。楽譜を見た時に、その都度新しい曲に臨んでいるようで、とっさに指が動かない。それはそれで楽譜を読む訓練ではあるのだが、それだけを繰り返していては、演奏の精度が上がっていかない。現実、直近のブラームス2曲はそんな状態だった。過去の蓄積に上乗せできず、むしろ低下している。

先日、オーケストラの事ばかり考えていると書いたが、「考えている」というのは「行動できていない」事の裏返しでもあるのだ。きちんとした練習ができていない無意識の焦りが、せめて考えるという心の動きに表れているのかもしれない。

仕事の変化もあったことだし(もう一年になるが)、一度リセットして考えた方が良いのかもなぁ・・・。

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2014年6月25日 (水)

平河町ライブラリー

昨日のゲリラ豪雨は凄まじかったのだが、幸いな事に帰る頃にはあがっていて、降り積もった雹を横目に見ながらU響の練習に向かうことが出来た。中野からの帰りも雨はなく、事なきを得た。とはいえ、あの時間帯に外にいたらと思うとぞっとするような暴風雨だった。

このところオケのことばかりで、あまり他の事に頭を使えていない気がする。運営委員長ではなくなったのだが、今度はそれ以外の事が色々と脳裏を駆け巡って、他の関心事に頭が働かない(その割に昨日はスマートの事を書いていたじゃないかとかいうな)。

それはそれで幸せな事ではないかとも思うのだが、仕事の事を考えればやはり勉強が必要であったり、その他諸々が回っていないのは確かで、その原因の一つがやはり平河町ライブラリーに行けていない事ではないかという気がする。気分というか、モードチェンジにはそれなりの場所が必要で、自分にとってそれは平河町ライブラリーなのだ。

そういった意味では、オケとは違った意味で大切なサードプレイスではある。いやそもそも年会費を払っているので、行かないのはずいぶんともったいない話でもあるが。

そんな訳で、今日は平河町ライブラリーに行く準備をしてきた。今日はせめて鞄の中に溜め込んだ諸々家関係の書類の整理と、少しばかり勉強をして、これから何とか平河町ライブラリーに通う日々を取り返していきたいものだ。

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2014年6月24日 (火)

スマートに乗ってみた

昨日は休みを取っていたのだが、カーシェアリングを利用してスマートに乗ってきた。

現在乗っているヴィッツは、初代が登場した直後ぐらいに購入しているのだが、さすがに13年で15万キロに近づいてくると、色々と直す所も出てくる。先日車検を通した時に、意外に必要な修理箇所が多かったこともあり、修理して乗り続けるか、思い切って買い換えるかの決断を迫られている。

修理はさておき、買い換える場合の大本命は引き続きヴィッツなのだが、折角の機会なので、色々と試してはおきたい。それもできればディーラーでの試乗では分からないような部分を知りたいということで、カーシェアリングという手段を選んでみた。

レンタカーと異なるのは、車種にばらつきがあることだ。普通のレンタカーでは、スマートなんて置いていない。
(もっとも調べてみると、オリックスレンタカーが大阪に電気自動車のスマートを置いていた。しかし、さすがに大阪は無理。)
ちなみにカーシェアリングでは高級外車もラインナップされていて、これはこれで楽しそう。

さておき、基本的な志向がダウンサイジングのため、ヴィッツからさらに小さくとなると、軽にするか、iQやスマートのような車種が浮上してくる。もっとも大きい車にも興味はあって、ディーラーではヴェルファイヤに乗せてもらったりもしたのだが、ただ走るだけなら楽そうだが、取り回しは容易でないし、無駄な大きさとは感じる。(もっとも、車の中で練習が出来てしまいそうなのは、それはそれで魅力ではある。)

で、スマートだが・・・、

サイズが小さい車の場合、一番大切なのは「楽器が積めるか否か」である。そもそもが無理だろと思っていたのだが、調べてみると助手席を前に倒して長物も積めるとある。こればかりは実際に試してみないと分からない訳で(実際ヴィッツも買う前には試している)、やや荒技ではあるが、なんとか積めそうな事は分かった。2シーターと割り切っているだけに、比較的トランクには余裕があり、楽器とちょっとした荷物ぐらいなら積める。もちろん、乗るのは1人と割り切ればの話だ。

ついでにスキーも試す。これは長さの問題もあるのだが、少なくとも今使っている長さであれば積める。前のは無理になるが、まぁ今後短くすることはあっても長くなることはないだろう、多分。もちろんこれも1人ならという話。

次に高速での走行性能。これがディーラーでは試せない。スマートのエンジンは今乗っているヴィッツと同じ1000ccで、車重は少し軽い。高速を走ってみると、サイズの割りにはどっしりしていて、不安定さは感じない(そのあたりはさすがメルセデスと言うべきか)。どこまで出せるかを試したわけではないが、120km/hぐらいまではストレスなく加速する。アップダウンがあるとどうなるかまでは試せなかったが、あまりストレスを感じる風ではなかった。

そんな訳で問答無用でダメという事はなかったのだが、半日ほど自由に乗り回してみると、色々気になる点などもある。思ったより癖はあるという感じだろうか。

一番気になるのはミッションで、ATではなく2ペダルMTというのだそうだが、これがATに慣れた身としてはやや違和感がある。クリープがなく、アクセルを踏んでからクラッチがつながるまでやや時間があるため、感覚が異なるのだ。シフトチェンジも基本的にマニュアルでしなければならず(クラッチを踏まないだけで基本はMTと同じ)、やや手間が多い。
そのくせ外国車らしく右ハンドルでもウィンカーのスイッチが左側のため、左手がやたらと忙しい。右手で常にハンドルをホールドという意味では良いのかもしれないが。

振動や騒音は思ったよりある。音に関しては低めの落ち着いた感じで、甲高い感じがないのでそれほど気にならないが、音楽を気持ち良く聴く感じではない。まぁこれはヴィッツでもそれほど条件は変わらないだろう。
振動に関しては、リアにエンジンがあってシートに近いためなのか、絶えず小刻みな振動を感じるようなイメージ。長距離だと若干疲れるかもしれない。

2ペダルMTは、慣れることは出来るだろうが、楽になるということはないだろう。そういった意味ではドライブそのものを楽しむというか、車を普段の足と割り切らない覚悟は必要な気がする。実際、車にあわせて「上手に乗りこなす」事を工夫する必要があり、そういった楽しさはある。何も考えずに乗れるほど、ドライバーに優しくはない感じがする。

あとは小型車とは思えない価格をどう飲み込むかだろうか。維持費も含めてそれなりに手間はかかりそうであるし、その辺りを楽しめるかどうかで決まってくるものではあるだろう。

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2014年6月23日 (月)

オペラ「魔笛」公演終了

さて、今日は休みである。

土日はオペラ「魔笛」のG.P.と本番。オペラは初めての経験で、とても刺激的だった。練習自体はテンションがやや下がっていたが、やはり本番は楽しい。

楽しいのだが、疲れた。

正直な話、振り返ってみると楽しいとは思うが、本番中はそれどころではなかった。自分たちの都合で演奏出来ないというのは、アマチュアには辛い。

本来は暗譜して臨むようなものだと思うのだが、そこまでの余裕はなく、結果楽譜と指揮者を行ったり来たりしながらだったのだが、楽譜から目を離せば場所を見失い、指揮者から目を離せばついていけない状況。自分の場所からはそれほど視線を移さなくても指揮者の雰囲気をつかめるのだが、遠い奏者は大変だっただろう。

3時間弱の長丁場も、集中力の維持が難しい。芝居の所などは休んでいられるのだが、うっかり気を抜けば振り出しについていけなかったりするので、あまり緊張はほどけない。

それでも、歌い手さんたちはすべて暗譜で芝居もしながら歌わなければいけない訳で、これは大変だろうなと思う。聞いてみると、稽古の回数もこちらより多かった。全員が揃ってというわけではなく、出番を組み合わせながらで、その辺り稽古自体は我々よりもしやすい訳だが、そうした人達の期待に応えられる演奏になったかは、やや疑問ではある。

とはいえ、回数を重ねれば出来るようになったかというと必ずしもそういう訳ではない気もする。指揮者の棒にリニアについていくというのは、普段からの気の持ちようの問題だ。もちろんベースとなる練習は必要だが、その「練習通りに弾く」事が足かせになってしまう場合もある。反復で染み込ませたテンポやボリュームは、必ずしもポジティブに働くとは限らない。

その辺り、新たな経験ではあったのだが、これを普段から意識していければ、一層レベルアップが出来るのだろうなとは思ったのだった。

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2014年6月20日 (金)

オペラ「魔笛」公演

今日はギリシャ戦ということで、会社でも「見るならカフェで見るように」とのお達しが昨日流れていた(オフィスでのスマホ視聴は禁止)。どの程度見る人がいるかは不明だが、複数の事業所が入っているオフィスだけに、そんな機会から思わぬ人同士の交流が始まっても面白いとは思う。

・・・ま、自分は特に見ないのだが。

昨日は練習に行く時間は十分確保出来たのにテンションが上がらなかった。比較的本番直前はモチベーションが下がる事が多く、今回の演奏会が終わったらオケをしばらくやめようとか思っている事も少なくない(楽器をやめようとかではないが)。当日の演奏で一気にテンションが上がるので、打ち上げの席で「しばらくお休みします」というのを忘れてしまうだけの話だ。

自分にとって、オケで楽器を弾くというのは、かなり日常化していて、そういった意味ではやや惰性感がある。演奏会という目的に向かって何かを高めていくというより、日々の生活の中で時折ちょっと特別なイベントがあるという感覚なので、目標感を持ちにくい。「本番のために練習する」という気持ちにならず、本番は「いつもの練習よりちょっと特別な演奏機会」にしかならないのだ。

そういった意味では、久しぶりに参加するオケとか、初参加のオケとか、そういった日常的な練習からは離れた機会の方がよほど気持ちが高まる。一発オケなどに参加したくなるのは、そういった感覚があるからだろう。呼ばれると比較的ホイホイと受けてしまうのもそうだ。

もっとも今週末の魔笛は、機会としてはかなり特別で、練習などもワクワク(それ以上に緊張)していた。ここに来てテンションが下がる理由はよく分からないのだが、どちらかというと終わりが近づいて来たことに対する寂寥感なのかもしれない。

という訳で(どういう訳だ)、今更の案内で恐縮ですが、週末お時間がありましたらどうぞ。全席指定で良い席は残っていないかもしれませんが、オケはともかく出演者は一流ぞろいです。

府中シティ・ミュージック・ソサエティ第6回公演
モーツァルト:歌劇「魔笛」
(日本語訳詞上演)

2014年06月22日(日)
13:30 開場 ・ 14:00 開演
府中の森芸術劇場 どりーむホール
(主なキャスト)
【タミーノ】 望月哲也
【パミーナ】 砂川涼子
【パパゲーノ】 押川浩士
【ザラストロ】 谷田部一弘 ほか
指揮…今村 能
演出…小澤慎吾
府中市民交響楽団
※4歳以上のお子様もご入場いただけます。

http://www.fcms.cohaku.net

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2014年6月19日 (木)

CSRとマテリアリティ

また齢を一つ重ねてしまった。

・・・てな話はさておき、昨日は月に一度のCSR勉強会。いくつかある話題の中で、マテリアリティの設定について、そういえばブランドが持つべき「とんがり」の話と似ているよな、などと考えてしまった。

もし同じようなものだと考えるのであれば、考えなければならないのは、その設定プロセス以上に、最終的に定められたものが「マテリアリティ足りているか」であるような気がする。

マテリアリティが、マテリアリティとして成り立つために重要な要素は何だろうか。何が重要かを定めるというのは、何が重要ではないかを定めることでもある。つまり「やらないこと」が明確になっている事ではないか。

ブランドのとんがりを作るのは「やること」ではなく「やらないこと」であると最近思う。それも「出来ないこと」ではなく、「出来るし、することに価値があるけれど、それでもあえてやらないこと」だ。それがブランドとしてのこだわり、個性につながっていく。

同じことをマテリアリティにあてはめようとした時に、しかし違和感が生じる。CSRの重点課題は基本的にすべて「やるべきこと」として定められており、マテリアリティを設定することで「やらないこと」にする事が不自然だからだ。「できるし、やるべきだけど、やらないこと」なんて、CSRの課題において設定可能なのだろうか。

しかし、それをやらないのであれば、ではマテリアリティとは何なのか、という話になる。「すべてやるべきことだが、その中でも特に力を入れること」なんていうのが、重要性を設定した事に値するのだろうか。それは「100のエネルギーをすべてに分配せよ」に上乗せして、「さらに20を重点分野に投入せよ」というもので、「100のエネルギーを軽重をつけて分配せよ」とはまったく異なる。

マテリアリティの設定について、悩みが生まれるのは結局そういうことではないか。つまり、そもそもそうした発想が馴染まない中で、無理やりウェイト付けをしてリソース分配をしようとしている、という点だ。

最初に書いたように、それは「出来ることからやりましょう」という話とはまったく次元が異なる。「全部は出来なくても出来る所からやりましょう」と「全部出来ても、やらない所を決めましょう」は異なるからだ。

もっとも「全部出来ないなら、もっともやるべき所からやりましょう」の意味であれば、成り立つかもしれない。全部は出来ないという前提の上で、でも出来る所をやれば良いというものではなく、もっともやらなければならない事をやれという事だ。それをマテリアリティと定義するのであれば、成り立つような気もするが、言葉のニュアンス的にはなんとなく馴染まないような気もする。

CSRにおけるマテリアリティって何なのだろうか。

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2014年6月18日 (水)

ブルックナー

昨日はU響の練習。7月末の4連続本番のトリを飾る演奏会になる訳だが、ようやく曲が入ってきて、指揮者の呼吸にも配慮できるようになってきた。もっとも練習不足は否めず、できない所は多々ある。どうもこの所そういうパターンが多く、できない所はできないまま本番に突入してしまっている気がする。

まぁ開き直る訳ではないが、それはそれで仕方がない。練習不足なのは確かだが、練習すればできるかといえばそれも微妙だからだ。不足しているのは絶対的な自力の領域で、多少の練度ではカバーできない事が少なくない。(もちろん大学時代並みにさらえば別だろうが、そこまでの時間は流石に割けないのが実情だ。)

それでも、もう少し見ておけばクリアできる所はまだ残っているので、残りの期間でそうした箇所を少しでも埋めていくことになるだろう。

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2014年6月17日 (火)

忘却

昨日は約束していた飲み会を完全にすっぽかしてしまった。そもそもカレンダーへの記入を忘れていたのが失態なのだが、記憶からも吹き飛んでいてこんな事を呟いている始末。

さて、今日も練習をするべきかは悩みどころ。もちろんした方が良いに決まっているのだけれども、金土日と弾いて明日もある事を考えると、今日ぐらい休みでも良いのではないかとは思ってしまうな。
送信 6月16日 19:04 From Hootsuite

会うはずだった知り合いからのコメントで思い出した時にはすでに遅し。家に着いてしまっていた。

約束していた飲み会を吹っ飛ばしてしまった。すっかり吹き飛んでいた。金曜日にしたばかりの次の練習日の話を忘れていたりとか、最近本当に記憶が飛びがちな気がする・・・。
送信 6月16日 20:47 From Hootsuite

非常に申し訳ないと同時に、自分自身も楽しみにしていたのにとても残念である。

それにしても、冗談でなく最近は記憶が飛んでいる事が多い。覚えていられなくなっているというか、そもそも覚えようとしていないのか(無意識に)、え?という事を忘れている事がある。

呟いた通り、金曜日に話したはずのKオケの次回の練習日の事も忘れていた。自分が話題を振って、会場の予約も案内も自分がしなければならないのにだ。案内されるからいいやというような情報ではない。

正直なところ、以前はタスク管理でよく言われる「やるべきことをすべて書き出して、忘れて良い状態を作って集中できるようにする」の意味がイマイチ実感できていなかったのだが、最近は分かるような気がしている。「忘れて良い」ではなく「忘れてしまう」で、忘れたことすら忘れているので特に不安のようなものはなかったりするのだが、その代わりに今回のような事が起きてしまうのだ。

まったく手を打っていない訳ではなく、最近は極力そうしたこともGoogleカレンダーに入力するようにしている。タスクリストも併用しているが、管理上やや不便なためカレンダー中心だ。だが、それが抜け落ちた時は酷いことになる。カレンダーへの入力がしにくいような案件もそうだ。

その辺りは徹底していくしかないのだろう。つい「後でいいや」と思った時から忘却は始まっているのだ。

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2014年6月16日 (月)

魔笛の課題

魔笛の本番が来週に迫り、昨日はいよいよ歌合わせがあった。セリフも含めての通し練習で、話の流れが掴めるように配慮もしてもらったのだが・・・。

音が大きすぎると何度も注意された。

音量を下げて弾くのは難しい。恐る恐る弾くと音がにじむので、ハッキリ音を出すように指示され、ハッキリ出そうとすると音が大きくなる。

小さい音をくっきりとした輪郭で出すのが難しいのだ。

一つ原因としてハッキリしているのが、右手の圧力を抜くと、左手の圧力もつられて抜けてしまうという欠点である。実際には、むしろ強く押さえるぐらいでなければ音がでなくなってしまうのだが、何故か連動してしまう。逆に音をハッキリ出そうとして音が大きくなってしまうのは、左手の圧力を上げようとすると、右手の圧力も強くなってしまうからだ。

これはかなりの意識していないとできない。本来は無意識でも独立していなければならないのだが、少なくとも無意識では間違いなく連動してしまっているので、意識して左手(指)の圧力を高めなければ抜けてしまうのだ。

もう一つの原因は、言うまでもなく歌を聞いていない事である。そもそも音量は絶対的な話ではなく、歌との相対的な話だ。初合わせで慣れていない(これまでの練習ではオケだけでしか音量バランスをとっていない)ということはあるが、初めてであってもきちんと聞くことがアンサンブルのあるべき姿だろう。

もっとも実際には聞いていない訳ではなく、それがどう聞こえているかをイメージする事ができていないというのが正しいかもしれない。

これまた難しい課題である。楽器は自分の体に触れているから、音は振動として直接体に伝わってくる。自分の声と同じで、実際に周囲に聞こえている音とは別のように聞こえているのだ。自分の音を録音して聞いたりすると、弾いている時は実に都合の良い自分エフェクトがかかっていると落ち込む事があるが、録音しても音量の違いまではなかなか確認できない。ましてや演奏中のアンサンブルにおけるバランスとなると、イメージしようがないのが正直な所だ。

その辺りはあとは指揮者に任せるしかなく、となるといかにその指示をキャッチアップできるかということになるのだが、これがなかなか出来ていないのが、結局最大の課題であろう。

残り1週間でできることはそれほどない。練習をしたとしても、それはアンサンブルの練習ではない。とはいえ、それでもどれだけイメージして練習するかというのはあるだろう。

昨日はマーラーの指揮者との初合わせもあったのだが、それはひとまず後回しにして、まずは今週は魔笛モードで耳と心を作っていこう。

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2014年6月13日 (金)

マーラーのパート練習

昨日は飲み会が入るかと思っていたのだが、回避できたので(雨も止んだし)練習に行ってきた。今の時点で読める部分は少ないのだが、少しでも譜読みを進めておきたいからだ。

マーラーの5番は・・・面倒くさい。
いや面倒というか、チェロにとって美味しい旋律が多々あるのだが、調性がいちいち面倒で、楽譜が読みづらいのだ。

なんというか、ストレスが溜まる。

もっとも、こうした調性はそうしたストレスにより音色に表情をつける事も目的なのだそうだ。大概は陰鬱でくすんだ感じになるのだが、そうした事を狙ってそういった調性を選んでいるのだろう。弾きやすさに任せてあっけからんと音を出してはいけないということだ。

昨日練習していて感じたのは、それでもそのフレーズを弾き出す前に、一度その調のスケールを弾いておくだけでぐんと弾きやすくなることだ。もちろん実際の演奏中にいちいちスケールを挟むことはできないのだが、練習の時にはそうした事をしばらく意識して徹底した方が良いのかもしれない。

さて、今回はパート練習を3回やりたいと思っているのだが、一番重要なのが、こうした旋律部分だ。細かく複雑なパッセージはいくらでもある(というか、ほとんどそれしかない)のだが、そこはある程度個人練習で補うしかない。一方旋律を美しく歌うためには、「あわせる」練習が必要だ。特に調性が嫌らしいだけに、微妙な音程のズレ、呼吸のズレが、即不協和につながってしまう。

1回目のパート練習は、まずはそこから始めることになるだろう。というか、始めることにして、準備をしなければならない。具体的には、練習箇所のピックアップと、練習方法の検討だ。

ピックアップはさておき、練習方法については、まずはスケールをしっかり練習した上で、要所要所の音程をおさえていくことになるだろう。マーラーの場合、ダイナミクスもこちらの予想を裏切るような指定になっている(だから面白いのだが)事が多いので、その辺りも最初から意識していく必要がある。弓の使い方を計算し、パート内で同じような使い方になると良い。

そうした事を指導していくには、まずは自分が弾けるようにならなければならない。うわあ・・・時間がない。

もっとも、歌い方については、指揮者の指示による要素も大きいので、その辺りは今週末の合奏待ちである。でもまだ一度譜読みをしただけなのに、1回の練習で最後まで通せるのだろうか・・・。

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2014年6月12日 (木)

デジタルデータのアーカイブ

昨日は発生しそうだった飲み会が回避されたため、少し時間ができた。
・・・が、雨だったので練習には行かず(もったいない)、断捨離に向けてポータブルハードディスクの中を確認してみた。

思ったより(無駄に)溜め込んでいる。こうしたデジタルデータは無秩序に保存しっぱなしにしてしまいやすい。考え方によってはそれもありで、必要なら容量を増やしていけば良い話なのだが、微妙に整理されていない事にストレスを感じたりする。この辺りは気分の問題というか、心理的なものというか、デジタル時代の所持の仕方に馴染んでいないのだと思わなくもない。

日々使うデータは使いやすく整理が必要だが、保存しているだけのデータは保存しっぱなしで良い・・・というのが、おそらくデジタルデータの保存の在り方だろう。廃棄という概念は持たず、重複も気にせず、ただ残しておく。整理という事は考えず、もし必要になったら検索をする。検索しやすいような保存は、場所の整理ではなく、名前をヒットしやすいものにする事で対応する。

なぜそのように考えるかといえば、整理にかかるコストの方がおそらく無駄だからだ。スペースを確保するために内容を確認して捨てるものを選ぶ時間コストより、よりサイズの大きなストレージに切り替えるコストの方がおそらく安い。それまで使っていたストレージの処分をその都度きちんとしておかないと、今回のような事態に陥る訳だが、そこにさえ気をつけておけば、少なくとも自分の使い方においては、データ量が多すぎてストレージが追いつかないということはない。

そんな訳で、手持ちの最も容量の大きなストレージに全てデータを移し(とはいえフォルダ単位で明らかな重複はこの機会に削除したが)、3つあるうちの2つは処分(譲渡)する事にする。実家にもあるのだが、これもこの機会に見直しておくと良いのかもしれない。ただ、行く時間がなぁ・・・。

何も考えずにただ保存したデータをどうするかといえば、まぁ時々は見返して興味が湧いたのは開いてみるという感じだろうか。古いデータは互換の問題で開かなくなったりしているので、無用の長物と化している場合もあるのだが、そもそもデータは「長物」とは言えないので、気にしさえしなければ良いのだ。

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2014年6月11日 (水)

ソーシャルメディとオールドメディア

あまりネタがないので、少し前に炎上事例になったこちらにコメントしてみる。

ソーシャルは難しい。わたしはこれでYahoo!個人に投稿するのをやめることにしました
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nagaeisseki/20140607-00036112/

確かにソーシャルは難しい。でもこれってソーシャルの難しさなんだろうか。

ソーシャルメディアをどう捉えるかという話ではあるのだが、こういう「立場を明らかにしている以上、「個人的な」意見とは認めない、というスタンスがあるべき姿であれば、組織に属する人間から「個人的な」意見は引き出せないということになる。

だったら、オールドメディア上で公式に意見を表明した方が良い。でもそれはつまらないことではないだろうか。

少し前にイケダハヤトさんが、「会社に入るとつまらない人間になる」と言っていたのだが、つまらなくしているのは「組織の代弁者を求める」周囲の人間ではないか。

会社に入ると「つまらない人間」になるんですよ
http://www.ikedahayato.com/20140428/5871936.html

直接会って面白い企業人というのは沢山いるわけだが、それは組織を代弁するだけでない個人的な側面に触れているからであって、「この人は組織の代弁者」と捉えた時点でつまらなくなるのは想像に難くない。それは人としての個性を認めていないからだ。

組織の「外の人」がそういった捉え方をするのであれば、組織の「中の人」というのは、組織の中でしかその面白さを発露しなくなる、というかできなくなる。

それを打破するのがソーシャルメディアというものの役割と思っているのだが、以前某誌の編集長に「名を名乗れ」と絡まれたように、発言の内容ではなく立場を問題にするオールドメディアの人たちというのは、ソーシャルメディアをどう捉えているのだろう。

まさか「個人がメディアを持てること」とか捉えているのではあるまいな。それってオールドメディアを小さくしただけにしか見えないのだけれども。
個人のブランディングに使えるとか、そうした発信自体で稼ぐといった話も、結局プチオールドメディア的な話であって、ソーシャルメディアの話ではないよね、という気がしなくもない。いやプチメディアにはプチメディアの価値があるけれども、それが「ソーシャル」なんて、ただのバズワードにしか感じられない。

もっとも、オールドメディアの世界の話と捉えれば、件のYahoo!の中の人の発言は失言でしかなく、企業としても何らかの対応は取らざるを得ない。実際自分にも会社からはそうした注意喚起がされている。

そういった意味では、まぁそんな程度(社会もソーシャルメディアも)なんだよ、ということかもしれない。

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2014年6月10日 (火)

断捨離

先日iPadを人に譲って、デバイス関係は少しだけ身軽になった。iPhone5sにXperiaをモバイル端末として、手の込んだ作業にはMacBook Airを持ち歩く体制になる。未解決なのはKindle端末という事になるが、これは当面Xperiaになるだろうか。コミックは読み辛い訳だが、結果として減るならそれはそれで良かろう。本であればむしろ読みやすい。

キーボードに関しても、今のところストレスは感じていない。iPadでもキーボードを使った方が楽なぐらいなのだから、そこでiPad時代よりもストレスを感じる訳が無いのだが、多少気になるとすればブログを書く時の姿勢が屈み込むような感じであまりよろしくない事ぐらいだろうか。

さて、次は何ができるだろうか。もう少し身軽になりたい所だが、デジタルデバイス関係はそれほど残っていない。いやiPodがあるな。手持ちの曲が全て入る便利なデバイスではあるが、実はほとんど使う機会がない。iPhoneの容量が大きくなって、そこそこの数を持ち運べるようになっている事もあるし、そもそも全曲持ち歩きたいような場面がない。

それと買ったは良いが使っていないのがポータブルのメディアサーバー。これも使い物になるうちに人に譲ってしまった方が良いかもしれない。それにしても本当に使わないな。

先日衝動買いしたスピーカーはまだ使い道があるとして、ほとんどおもちゃでしかないRolly(スペルはこれで良かったんだったかな)も、どうするかはやや迷うところ。あれば時々おもちゃになるけれども、基本的には無くても困らないので、これも譲るものの検討リストに入れてしまって良いだろう。

iPhone/iPad用の有線キーボードもそういえば残っている。iPadと一緒に譲ってしまっても良かったのだが忘れていた。これも使い途がなくなってしまったので、後は手放すしかない。

デジタルデバイスはせいぜいそんな所で、ゲーム機は今のところ手元にないので特に問題なし(PSPは生産されなくなったので今後貴重品になるのだろうか)。ヘッドフォンが3台というのが多いと思うが、これは微妙に手放したくない感じもする(最近あまり使ってないけれども)。実家に置いてあるMacBookも、どうにも微妙なので手放しても良いのだが、これは譲るとなると結構手間がかかる気がする。そうだ、ポータブルのハードディスクもやや無駄に数があるな・・・。

こうしてみると、無駄に物持ちが良いというか、意味も無く持ち続けているものが意外にあるという事が分かる。

後は着ない服とか、書類の類とか、捨てる手間が面倒で残っているものがあるので、これも処分したい。

これでどの程度身軽になれるだろうか。手放した後を思い浮べてみても、あまり身軽になる感じがないのが気になるところだ。とはいえ、その気になっている間に一気にやってしまわないと、またズルズルと持ち続けることになってしまうような気もするので、乗っているここらでバーンと処分してしまいたいところではある。

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2014年6月 9日 (月)

練習の優先順位

この週末は、雨のために出足はグダグダしてしまったのだが、土曜の夜から日曜の夜まではほぼ練習三昧だった。冷静に考えると、これから7月末までほぼこんな状態が続く。土曜の朝からになる場合もあるので、結構しんどい。その他に個人の練習時間を確保しなければならない。

しかし、周囲には自分よりも土日の動きがハードな人がいるので、まぁ何とかこなしていきたいものだ。いや「こなす」ような事ではないのだけれども。

本番までのスケジュールがタイトなものもあるので、優先順位を決めて取り組まなければならないのだが、決めようがないぐらい本番同士が近い。

まずはF響の魔笛だが、次回は歌との合わせになる。譜読み自体はとっくに終わっているので、後は練習間隔が開いているのをどう埋めるかだが、これは練習録音を聴く事で何とかするしかない。

同じくF響のマーラーは、先週今週と譜読みをしただけで次回はもう本番の指揮者が来てしまう。その後しばらくは間が空くので、あくまでも感じを掴むためだが、何分譜読みがさっぱりできていないため、このままでは意味のない練習になってしまいかねない。

という訳で今週の最優先は上記2曲ということになるのだが、あわせて週末はKオケの初合わせもあったりして、これはこれから楽譜を準備するような状況。事前に楽譜を読んでいる時間はないのだが、幸い経験のある曲なので、もうこれはそれに頼るしかない。

こうやって振り返ると、そもそも掛け持ちに問題があるのではという気がしてくるのだが、これが実際にはそうではないのは、掛け持ちをしていなくても同じ状況に陥るのは間違いないからだ。譜読みが進まないのは、時間がないのではなく、その能力が足りないからで、時間があっても実はあまり変わらない。その部分は、何か別の手立てを考えなければいけない領域ではある。

さて、でも今日は土日雨のためにさっぱりできなかった洗濯をまずはしないといけないのだった。というか、グダグダしていた土曜の朝にやっておけ。

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2014年6月 6日 (金)

音源

昨日はスケール練習用の音源を作って力尽きてしまった(それもショートバージョンだけ)。いや厳密には他のことに気を取られてしまったのだが、とりあえず音源は作ったので、後は楽譜である。

・・・それだけだな。昨日は1日外出だったので、今日はそのしわ寄せが諸々あるので、さっさと会社に行くことにしよう。

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2014年6月 5日 (木)

スケールの練習プログラム

今日はセミナーということで会場に直行・・・の途中にプロントに寄ってみる。相変わらずコストパフォーマンスは高いというか、スタバでの朝食の約半額ということになるのだが、場所柄(新宿)もあってやや騒然としているのはまぁ仕方が無いかもしれない。

昨日も練習に行ったのだが、譜読みはやめてスケールだけにしてみた。まだ準備は不足していて、スケール用の音源や楽譜をオリジナルで作った方が良いとか感じたりする。やるなら徹底的にというか、パート内の他のメンバーも使えるものにしたい。

欲しいのは5分程度の、オケの練習前のウォーミングアップに使えるようなプログラムと、もう少しきっちりと基礎練習に近い形で行えるプログラムだ。

チェロの場合、3オクターブは最低やりたい(本当は4オクターブだが時間がかかりすぎるのと難易度が格段にあがる)ので、往復で7×6=42音、1秒1音として1スケール42秒。ウォーミングアップの5分でできるのは5調性ぐらいということになる。どの調性にするかはその日の曲次第だろう。マーラーは記号の多い調がやたら出てくるので、事前にそのスケールをやっておくだけでも心と体の準備にはなる(と思いたい)。

ロングバージョンの場合は、弾き方のバリエーションを増やす。リゲティをやっていて思うのは、3連符5連符7連符ぐらいはさらっとできると良いよなというものだ(ちなみに10連符とかも出てきたりする)。あるいは付点など音ごとに長さを違えるといったパターンも考えられる。手持ちのスケール本にはそうしたパターンが(連符はないが)様々に紹介されていて、スケール一つとってもバカにならないし、こうした事を当たり前にこなしてきている音大出身者やプロというのはやはり自分とはベースの蓄積が違うよなと思ったりもする。

とはいえ、昨日のスケール練習は、ゆっくり楽器と向き合うには良い時間だった。より落ち着くためには、やはり自分なりのプログラムを作ってしまう事が重要だろう。

で、いつ作るのかって・・・今日(夜に)やってしまうのが良いのだろうなぁ・・・多分。せっかく都内に出てきているので平河町ライブラリーに立ち寄りたい所だが。というか、持ってくれば良かったのか。今頃気がつくなよ・・・。

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2014年6月 4日 (水)

楽譜から音をイメージする

昨日ある場面で思わず語ってしまったのだが、リゲティ(Ligeti György Sándor)を聴いていると、オーケストラあるいは楽器というのは、こんな音も出るのかという発見をさせられる。
そうした想像もしなかったような響きに触れる事も、音楽の楽しさなのだろう。聴いているだけではよく分からなかったりするのだが、演奏する側になってみるとそうした事が見えてくるのが不思議だ。

で、昨日はそのリゲティではなく、U響のブルックナー6番の練習だった。以前書いたような気もするが、ブルックナーも響きを愉しむタイプの曲が多い。リゲティのような突拍子もないものではなく、あくまでも自然な響きなのだが、都度どのような響きを鳴らしたいのかをイメージして演奏する必要がある。(まぁ音楽というのは大抵はそうなのだけれども・・・。)

正直に言えば、まだその音は自分の中に入ってきていない。オケ全体の響きがまだ良く分かっていないし、その中での立ち位置役割も自分の中に落ちてきていない。

この「落ちる」感覚というのは、個人の練習では獲得できない。アンサンブルに身を浸すしかないのだが、その時間が足りていないのだろう。

とはいえ、足りないからと嘆いてばかりではいられない。もうそれほど時間はないし、本来U響は練習が他団体に比べ先行している分、ここからはむしろ他の曲(それこそリゲティなど)に時間を割きたいぐらいだからだ。

一足飛びに進めるのは無理にしても、その辺りをもう少し上手に進めることはできないだろうか。アンサンブルの時間を増やすことはできないので、それ以外の時間をどう使うかという事になるのだが、なまじ感覚的な領域だけに、楽譜を読むといった理屈の部分でなんとかできそうな気がしない。でもこれをなんとかする術を身につけないと、マーラーだってズルズルと落ちないまま流れていってしまうのは間違いない。

そもそも、自分は元々楽譜から音をイメージする能力が弱い。いまだに楽譜上に打たれた音符から音をイメージする事は出来ず、実際に聴いて弾いてみて初めてこういう音だったのかという理解をしている。要するに耳コピーに近い感覚で処理しているのだ(そのくせ耳コピーの能力もたいして高くない)。

そういう意味では、オケ全体の音源の他に自パートだけの音源を作って聴くというのが重要なのかもしれない。いや作るといっても容易じゃないのだが・・・。

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2014年6月 3日 (火)

平日夜の練習

昨日家に着いたら9時前だった。

この9時ごろに帰宅というのはやや中途半端な時間で、会社を出る時間を逆算すると平河町ライブラリーに行くには少々遅く、といって家に帰るには少々早い。早いという言い方は適切ではないが、ようは中途半端に時間があって、気を抜くとダラダラ無駄に過ごしてしまう。

12時頃に寝るとして3時間・・・ということで、往復2時間弱としても1時間程度は練習できると考えて、実家に行ってきた。家で練習できない事は車の購入においてさえ考慮点の一つだが、考えてみたらこうしたこともできなくはないわけだ。職場が変わったことで、都内に行くには遠くなったが自宅は近くなった事によるものだろう。同じ時間に会社を出たら、帰ってから練習に行けるほどの時間は流石に残っていない。30分もない差ではあるのだが、これが結構大きいのだ。

しかしそうなると、平日に楽器を触る時間を確保するために入ったといって過言ではないU響の位置づけが微妙になってくる。今日練習があるため、昨日は楽器を持って帰ってきたのだが、そうでなければ置きっ放しにしておけるからだ。都度運ぶ必要がなくなれば、それだけ気楽に練習に行けるようになる。それも一つの考え方かもなぁ。

さて、そんな訳で昨日は練習に行ったのだが、楽器が鳴らずに不調だった。湿度が高いとか、環境的な問題もあるのかもしれないが、この所合奏の中でしか弾いていなかったので、音が荒れているのかもしれない。ただでさえ楽譜が読めてない曲は弾き方が荒くなる。音が取れていようとなかろうと弾かなければならないし、色々気配りが効かなくなるからだ。

昨日はやや勢いで行動してしまったので、メトロノームやチューナーを持っていかなかったとか、スケールの教本が無かったとか、基本的な部分を整えていなかったという事もあるが、残念ながらあまり意味のある練習はできなかったというのが正しいだろう。途中からは目も乾いてきて(目薬も備えていなかった)集中力も持続できなかった。

せっかく確保できた時間を活かせなかったのは残念だが、活かせる時間があるのであれば工夫はできる。まだしばらくはこの生活が続くわけだし、もう一度見直してみても良いのかもしれない。

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2014年6月 2日 (月)

週末の時間

かなり暑くなってきたので、今日は上着なし。会社ではスーパークールビズまで認められているので、徐々にもう少し過ごしやすい服装を整えていく必要はあるのだろう。正直面倒でもあって、「王様の仕立て屋」に出てくるような着道楽はとても無理だよなと思ったりする(お金の問題ではなく気持ちの問題として)。

この週末はF響マーラーの5番の練習が始まって、他の曲と合わせていよいよ譜読みが厳しくなってきた。マーラーは始まったばかりだが、他の曲は感じがつかめてきているので、そろそろきちんと譜読みをしておきたいところである。普通は逆(譜読みが先)なのだが、曲が分かってからでないと楽譜が読めない読譜力の無さだけはどうにもならない。

・・・などと書きつつ、その時間を確保するのが難しい。ヴィッツの車検を機会に(車検は終わってしまったが)車の買い替えなども考えていたりするのだが、色々試乗して回ったりする時間もないというのが現実で、もう少し隙間時間とかを使えるようになって、諸々詰められるようになると良い感じではある。

その車の選択では、中で楽器が弾けるような大きな車なども(妄想ベースで)検討にあがったりして、何というかその部分が結構自分にとって大きな位置を占めているのが分かる。まぁ現実にはなんとなくしなさそうだし、本気で練習するならきちんと環境を整えた方が良いのは間違いない。

さて、週末はiPadの通信契約を解除した。で、これは譲ってしまう事にして某オケ内に投げかけ中。この調子でちょっと身の回りの「モノ」を減らしていこう。

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