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2014年6月26日 (木)

過去の経験を食いつぶす

昨日は久しぶりに平河町ライブラリーに行ってきた。思った以上に諸々の書類が溜まっていて、こまめに処理する必要性を実感する。まぁどこまでこだわって処理するかという問題でもあるのだが。

そんな話はさておき、最近になって気付いたことがある。

先日今更ながらに、ここ1〜2年オケの掛け持ちが続けられたのは、何のことはない新曲が少なかったからだという事に気がついてしまったのだが、さてそのシンプルな事実に対しての対処法は何であろう。
送信 6月25日 18:56 From Hootsuite

U響に参加したのは2013年の春だが、以降メインの曲はマーラーの巨人、ドヴォルザークの新世界、ブラームスの4番だった。同時期のF響のメインはチャイコフスキーの悲愴、ベートーヴェンの運命、ブラームスの1番で、双方あわせて実に有名曲のオンパレードなのだが、そのせいもあって初めて取り組んだ曲は一つもない(厳密には運命は正式には初めてだが、部分的にはやる機会が何度かあった)。

もちろん演奏会の全曲が新曲ということはないのだが、メインが経験曲というのは大きい。結果として譜読みにそれほど時間をかけずともなんとかなっていたのだ。特にU響に関しては、それが大きなアドバンテージになっていたのだろう。

そのアドバンテージが、ブルックナーの6番という今回のU響のメインにはない。苦労しているのは結局そういうことだ。そしてF響に関しても、次はマーラーの5番だから、全く経験はない。新曲の大曲に挑むのは、2012年春の「グランドキャニオン」以来といっても良いだろう。冷静に振り返れば、ここ数年は過去の経験を食いつぶすかのようにまともな譜読みをせずにオーケストラに向きあっていたのだ。

これってやばいのではないだろうか。

正直なところ、今は抱えている曲が多すぎるのは確かだ。楽譜を見た時に、その都度新しい曲に臨んでいるようで、とっさに指が動かない。それはそれで楽譜を読む訓練ではあるのだが、それだけを繰り返していては、演奏の精度が上がっていかない。現実、直近のブラームス2曲はそんな状態だった。過去の蓄積に上乗せできず、むしろ低下している。

先日、オーケストラの事ばかり考えていると書いたが、「考えている」というのは「行動できていない」事の裏返しでもあるのだ。きちんとした練習ができていない無意識の焦りが、せめて考えるという心の動きに表れているのかもしれない。

仕事の変化もあったことだし(もう一年になるが)、一度リセットして考えた方が良いのかもなぁ・・・。

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